*09 Determinazione/前編*

 あれから日が昇って、朝を迎える。窓から射す暁の光がまぶしくて、俐咋は目を細めながら体を起こした。部屋を見渡すと、巳捺がすやすやと寝息を立てて寝ている。この時間、普通であればまだ寝ているのが当たり前だ。
 体を起こしたついでと、洗面所に向かい、顔を洗う。水気を拭き取って、短く溜息を吐き出す。巳捺とイサトがいて、或河夫妻がいないという、普段と違う環境。どうにも落ち着かない。この落ち着かない感じがもどかしくて、もやもやしていて、吐き出したかった。まだ寝ているであろうイサトや巳捺を起こさないように、ゆっくりと階段を上がり、突き当たりの冬哉の部屋を軽くノックする。その部屋の主は、気だるそうな返事を返した。どうやら起きているようだ。
 扉を開けて、中を覗く。相変わらず殺風景な部屋だと思いながら、足を進めると、とてもだるそうな声でおはよう、と声が聞こえた。

「ベッドの上で寝てるやつに、おはようって言われるのは不服ね」
「お前が行き成りノックしてくるのがいけねえんだって…」
「それは謝るわよ。寝てなかったの…?」

 窓から射す光が眩しすぎるからだろうか。冬哉は光を手で遮るようにして、ベッドに横になっている。

「ああ、ちょっと……。イサトと座談会をだね…」
「それにしてはグロッキーっぽいけど、あんた大丈夫?」
「心配される必要もねえ、と言いたいところなんだけど…、流石に調子乗って飲みすぎたかな……」
「……お酒か」
「いえーす、おふこーす」

 ははは、と乾いた笑い。俐咋は、彼が飲んだ、という単語を言ったことに対して疑問を覚えた。幾つだったかと考えて、合点する。チャイルドワールドでの冬哉―――つまり、アルトは、外見年齢が高校生程度。でも、実年齢は22歳。その違和感を長いこと感じていたために、実年齢が未成年ではないのかと思っていたのだ。

「…悪い」
「なんで謝るのよ」
「なんとなく…だな。急に別の世界に連れてきて、適応しろって強制してるようなもんだし…って思ったら、なんとなく」
「それ、なんとなくって言わないんじゃないの」
「ははは、違いねえ」

 よっ、と声を出して体を起こすと、顔でも洗ってくると言って部屋を出ていってしまった。冬哉の部屋にいても仕方がないので、俐咋は自分の部屋に戻ることにした。

* * * * * * * *

 俐咋が朝食を作り終えて、それにイサトと巳捺が手を付けた頃、呼び鈴が鳴る。それに対して、朝っぱらから誰だとイサトが憤慨した。
 仕方ないと思って俐咋が出ると、そこには軍服の青年が一人いた。俐咋を見て、その青年は軍式の敬礼をすると、或河氏はいるかと問うた。

「大佐ですか? 大佐でしたら今地球にはいらっしゃらないそうですけど」
「いえ、ご子息の或河冬哉氏に要件が御座いまして参りました」
「冬哉に?」
「俺に?」
「ぎゃあああああああああ?!」

 俐咋が聞き返すと同時に隣から声がして、俐咋の悲鳴が上がる。その悲鳴に青年も驚くが、現れた当の本人である冬哉は、眠そうな顔をしたままだった。

「或河大佐からの言伝をお伝えに上がりました」
「え、わざわざ?」
「はい。或河大佐の使節団に追加募集が御座いまして」
「てことは、俺も行けってこと…、か?」
「いえ、その逆です。絶対にご子息と、そのご学友は入れるなとのことで」

 その一言に、冬哉の顔つきが一変する。どう言うことだと食ってかかると、青年はその理由は存じませんとしか答えなかった。それが要件であることは明らかで、それを告げるなり青年は一礼してその場を去っていった。

「なあ、俐咋。今、俺だけじゃなくて学友…つまり、お前やイサト、牧本もダメだと言ったよな、あいつ」
「言ったね」
「チッ…どういうことだよ…ッ!」
「あ、ちょ、冬哉!?」

 冬哉は行き成り踵を返すと、そのまま階段を駆け上がって自身の部屋の扉を乱暴に開け放った。それから少しして、制服に身を包み階段を駆け下りてくる。その面持ちはこれから登校する顔ではなかった。

「軍部行ってくる」
「は、ちょ、なんで!?」
「理由が判んねえんだよ。なんで俺たちはダメなんだ。そりゃ確かに俺と俐咋は別にやることがあるだろうけど、イサトや巳捺までって言ったんだぞ。しかも、俺に直接父さんは言わなかった。言伝だった。言いたくないことが何かあるんだ」
「そう、かもしれないけど…」
「追加募集があるってことは、つまりアカデミーからも選出する可能性があるってことじゃないの?」

 話し込んでいた2人の後方から一つ声が聞こえて、冬哉も俐咋も振り返る。振り返った先に見えたのは、イサトだった。その後ろに巳捺もいる。

「だったら、軍部乗り込むより、学内で情報収集してからのほうが良くない? なんか判るかもしれないし」
「―――、そうだな、そうする」

 イサトの言うとおりだと冬哉が溜息を吐きだしながら言う。そんなにも慌てるなんて何かあったのかと俐咋が問うと、特筆して何があったわけでもないという答えが返ってきた。
 それにしては、その面持ちが普通ではなかった。絶対に何かあるのだ。だけれど、それを今ここで問いつめても答えてはくれないと判っている。俐咋は詰問するのを諦め、リビングの椅子に腰かけた。

* * * * * * * *

 アカデミーに登校して、掲示板に人だかりがあることに気付く。朝方の話からすると、恐らく使節団員追加募集の掲示であるはずだ。それ以外の掲示でこんなに人だかりが出来ることなんて知らなかった。時期的に定期試験の結果でもないからだ。
 4人はその人だかりを一瞬うっとおしそうに遠巻きに見てから、掲示を見る。そこにはやはり使節団員の追加募集についてが記載されていた。

「―――ねえ、これ不思議じゃない? 以下の者を除くって…」
「連れていくべき人な気がするけど…何か事情でもあるのかな?」

 人だかりの中から聞こえた声に、俐咋はその貼り紙を比較的近くで見た。その張り紙の下部に、4つの学籍番号が記載されていた。その番号は紛れもなく、自分たちの番号だった。
 どうしてだと考えていると、声をかけられる。

「あ、賀瀬さんだ。ねえ、除かれてるけど理由知ってる?」
「それが判らなくて…。丁度困ってるところ」
「だよねえ、当人たちも知らないのにどうしてだろうね」

 短く別れの挨拶をして、俐咋は3人の元に戻る。やっぱりそうかという顔をしている3人に苦笑を向けることしかできなかった。

「こりゃ軍に行くしかないかなあ。なあ冬哉、或河大佐に連絡取れたか?」
「いや、EMNTに応答がない。電波届いてないのかもしれないし、向こうの通信網もしかしたら死んでる可能性もある」
「厄介だな」

 どうしたものか、と4人が溜息を吐きだして立ち往生していると、通りすがった学生の会話が耳に聞こえてきた。

「ねえ、知ってる? あの使節団、佐伯泰樹が追加で行くことになってるらしいよ」
「まじで? うわー、それなら行きたくないかも…。俺、あいつ苦手なんだよな」

 その一瞬の会話を4人は誰ひとり聞き逃さなかった。佐伯泰樹が使節団に加わるというその噂。その噂を聞いて、何故除外されたのかの合点がいったとでもいうように、4人は顔を見合わせた。

「もしかして、もしかすると…そう言うことなのか?」
「かもしれないね。或河大佐があの事実を知ってるかどうかは別として、佐伯くんがいるから除外した可能性は大いにあるよ。主だって関わりがあったのって私達でしょ?」
「それならそうと言ってくれれば納得したのに、父さん…」

 ああもう、と溜息を吐きだしながら安堵する冬哉の横で、俐咋は別のことを考えていた。先日、星治に言われた大悪魔・アーバインの話。それが本当だとすれば、佐伯泰樹は危険視される存在なのだ。その存在を、自ら招き入れている。
 彼自身に危険が及ばないという確証はないのだ。例え彼が部下に当たるからと選出していても、危険だ。

「ねえ、冬哉。気になったことがあるんだけど」
「あぁ? 何が?」
「ああ、巳捺、イサト、先に体育館行ってて。ちょっと冬哉と話があるから」
「おーっけーい。正し或河くん、俐咋に何かしようものなら」
「あーもうはいはい判ってる。そんな気分じゃないから安心しろ、牧本」

 短く別れの挨拶をして、巳捺とイサトの姿が廊下の角で見えなくなると、俐咋は冬哉を屋上へ行かないかと誘った。冬哉は、ここの学生に聞かれてはまずいのだと暗に言っていることを理解し、了承した。

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2009/09/20,2010/01/01

Determinazione: [伊]  決心
BGM:アニマロッサ

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