*08 闇を背負う者/後編*

「……ほ、本当はお前ら、付き合ってた、んだな」
「いやだから違うって。誰も認めてないって。勝手にそうしないでよ」
「だ、だって…そうじゃなかったら、き、キスなんて…。そうだよな、同じ屋根の下に住んでるんだ、もんな…」

 しどろもどろ言葉を口にするイサトに、俐咋は必死に弁明を試みようとするが、彼の頭の中では既に見たものを受け入れてしまっている。冬哉と巳捺はというと、俐咋はどっちのものだと言いあって全力で戦い合っている。どうにもおかしな状況だ。
 そういえば、どうして扉が開いたのだろう。玄関の鍵はしてあったはずだ。

「ねえ、イサト。どうしてここに来たの?」
「え、あ、ああ…。或河大佐に頼まれたんだ。仕事で当分いないから、うちに泊まってくれって。俺と巳捺はアカデミーの寮に住んでるから、数週間くらいこっちに居ても問題ないだろうし、ってさ。それで鍵を渡されて、来たんだけど…」
「……あの状況に遭遇したってことね」

 つまり、彼らがいれば、先程のような事態になっても止められる、ということだ。イサトには無理かもしれないが、少なからず巳捺がいれば問題はない。
 家の中という手前、冬哉はオーパーツを具現させていないが、巳捺が具現させて全力で食ってかかる。武装なしである程度攻撃を受け流せるからそれもすごい、と感嘆している余裕などない。二人の決闘を止めなくては。

「二人とも!いい加減に…」
「俐咋が俺のこと好きだって認めたらやめてあげる」
『は?』

 冬哉の発言に、その場が凍りついた。イサトと巳捺が「認めたら?どういうこと?」と首だけ動かして聞いてくるものだから、冷や汗が背を伝った。冬哉は、俐咋が少なからず彼に好意を持っていることを知っていたのだ。

「なんてね。嘘に決まってるだろ。そこまで無理強いする男じゃないよ、俺は」

 その言葉は嘘だ、と俐咋には判った。一瞬、彼の眼差しが細められてこちらを見たときに、ふっと笑ったのだ。知っているよ、と言わんばかりに、笑った。
 その一瞬の眼差しで、全て見透かされてしまったのではないかと不安を覚えた。彼にだけは知られたくなかったことだった。それを知られてしまえば、嫌いだという口先の言葉が、嘘であることが判ってしまうからだ。

「で、こいつらなんでいるの?」
「今までの話の流れ聞いてたか? 俺と巳捺が、或河大佐がここに帰ってくるまでお邪魔することになりました」

 イサトの言葉に、冬哉は暫く目を瞬かせて、脳の処理が追いついたのか、まじで?と一言返すのが精一杯だった。

* * * * * * * *

 俐咋の部屋で巳捺が寝ることになったのだが、イサトはというと冬哉の部屋には入れてもらえず、リビングで睡眠を取ることになってしまっていた。冬哉が人を部屋に入れない理由は、力の暴走を起こす可能性があること、それによって何かしらの被害が出る可能性があること。これはイサトにも説明しており、それなら仕方ないとイサトがリビングで寝ることを了承したのだ。

「悲しくないの、イサト」
「悲しいけど、ああまで言われたら仕方ないかな。それにさ、俐咋が心配してくれるなら役得だと思うんだよね。ほら、男としては嬉しいというか」
「普通心配されたくないもんじゃないの? 冬哉だったら、心配されるの嫌がるわよ」

 こぽこぽ、と温かい紅茶を淹れて、一つのカップをイサトに手渡す。それを受け取るのを確認して、俐咋は自分の分を淹れた。

「……俐咋って、冬哉のこと良く判ってるような気がするよ」
「まあ、それなりに知り合いだしね。毎日同じ家で暮らしてりゃ癖も判るわよ。みたらし団子が好物で、苦いものは大嫌い。なのにコーヒーを飲みたがる。理由はやりたくないことをしていると眠くなるから。頭がいいことは知っているし、判っているけど滅多に本気を出すことなんてしない。普段は強気でいるのに、突然しおらしくなったり、子供のようになったりする。それぐらいは判ってるわよ」
「……それ以外にも、あるでしょ。二人だけの秘密とか。だって俺は俐咋がどこで生まれたのかも知らないし、どうして冬哉と知り合いなのかも知らない。オーパーツの適合者であっても、その力を使わずに剣一つで敵をなぎ倒すような力を持っている。冬哉の知り合いだと言ってしまえば納得は出来るけど、君について知らないことが多いんだ。毎日のように会って、話をしたり、遊んだりしているのにね」
「そんなに知りたいの、私の出生」
「そうだね…、気になると言えば気になるよ。どうしてアカデミーに入学じゃなくて編入だったのか、とかね」

 疑問に思われても仕方がない話だ。その話をすることはできないから、意図的に逸らすようにしていた。俐咋はどこか不自然さが残る逸らし方だったから、疑問を作らせてしまうのだろう。

「話さないわよ。あんまりおもしろい話じゃないしね」
「まあ、そうだよね。もしかしたら、君は戦争孤児なのかもしれないし。日本人の名前だから日系であることには変わりないんだろうけどさ」
「そんなに人の出生気にしてどうするわけ?」

 突然現れた気配に、慌てて入口を見る。そこには相変わらず気だるそうな冬哉がいて、慌てて損をしたと俐咋が言うと、なんで慌てる必要があるんだと言われてしまった。特に慌てる必要などなかったのだが、突然気配がしたからいけないのだ。それを指摘すると、気配を消していたことの何が悪い、と言われてしまった。

「イサトが俐咋に何かするんじゃないかと思って、心配になっただけ」
「まったく心配性なんだから…。言ったでしょ、誰にも渡らないって」
「俐咋がそう思っていても、何かが起こることだってあるんだぜ。ほら、牧本がそろそろ風呂からあがってくるぞ。部屋に戻れよ」
「あ、うん…。ありがと」

 ぱたぱた、とその場を後にした俐咋を尻目に、冬哉は先程まで俐咋が座っていた椅子に腰かける。ついでに俐咋が飲み残した紅茶まで飲んで。

「冬哉、お前、あからさまな嫉妬は見苦しいぞ……。いくらなんでも、俺に」
「テリトリーに無理やり踏み込まれて、俺が黙ってるわけないだろ」
「こら、にっこり笑うな。お前が笑うとマジで怖ぇから」

 冬哉は自分が満面の笑みをすることが、他の何よりも他人に恐怖を与えるかを知っている。だからこそ、それを武器にすることも多い。主に被害にあうのはイサトだ。わざと冬哉が笑っているのも判るが、どうしても恐怖を感じる。

「……で、結局のところどうなんだよ。付き合ってんの?そうじゃないの?」
「出来るもんなら、付き合いたいね。ていうか、俐咋の全部が欲しい」

 それはまた、随分な願いだ。そうイサトに言われて、冬哉は俐咋が頑なに拒む理由は知っている、それでいて無理矢理にでも迫っているということを明かした。どうしてだと聞かれると、さあな、としか返さなかった。

「お前らが邪魔しにこなきゃ、今頃は」
「……悪かったな、タイミング悪くて」
「いや、正直言うと助かってるよ。俺の機嫌こそ悪くなるものの、誰か止めてくれないと、本当に…」
「どうしてだ? お前は俐咋のことが好きで、それこそ欲しくてたまらないって言ってるのに、どうして躊躇ってるんだよ」
「ふ、はは…はははははは!あー、そうだな、お前からしてみりゃ不思議だろうな。ふ、くくく…好きなやつには全然気づいてもらえない惨めな男だもんなー! あー、マジで腹痛ぇ。笑いすぎて腹筋崩壊しそう」
「おま…っ、腹の底から笑いやがって! って、俺のことはどうでもいいだろ」

 笑いすぎて腹が痛い、と机に突っ伏す冬哉に、イサトは大きな溜息を漏らした。人の不幸を笑うなんて失礼なやつだ、と内心では思っているのだが、その不幸は自分に原因があることを判っていたから、言葉にしなかった。
 暫くして笑いが収まり、冬哉が身体を起こして短く溜息を吐き出した。どうやら落ち着いたらしい。

「ふ、そんなに聞きたいか。なんで俺が俐咋を好きで、俐咋はどうして拒むのか。で、どうして俺が億劫になってるのか、止めてほしいと望んでいるのか」
「……教えてくれるのか?」
「いいぜ、教えてやるよ。ただし」
「……待て。そのしたり顔をするってことは…」
「なんだ、判ってんのか。じゃあ言う必要もないかもな。コンビニ行って酒買ってこい」
「やっぱりかー!!!!!」

* * * * * * * *

 結局、イサトはそれらが聞きたいがために使いっぱしりにされ、コンビニで見つくろってきたつまみとともに座談会が催されることになった。参加者はたったの2名。未成年の女性陣は寝てしまっただろう、というイサトの予測は冬哉の確認によって確定され、深夜に男二人で他愛もない話をすることになった。

「まず、そうだな…。俺が俐咋を好きな理由からにしようか」
「まず、と言いつつ既に2つ空けてるお前が怖い。相変わらずペース速いな」
「俺だってやってらんねえこともあるんだよ。で、その理由。簡単に言ってしまうなら、振り向かせてやりたいって思いが強い。あいつの意識は常に俺以外にあるんだ。二人でいても、あいつの頭では全く別のことを考えてる。少しでもいい、俺のことを考えてほしいって思ったのが発端。で、振り向かせようといろいろやっていくうちに、色恋沙汰にゃあ疎いし、女らしさのかけらもねーし、仕舞いにゃあいつに好きなやつはいるし」
「最初はからかってやろうとしてただけか…。なんとも冬哉らしい話だな。んで、俐咋がお前を拒む理由って、片思いの相手がいるからか。だけど、女らしさがないってのは流石に言い過ぎなんじゃねえの?」

 黙っていればそれなりなんだ、と言う冬哉に、何だかんだ言って俐咋のことを良く見ているのだと思った。見た目だけで言えば、俐咋はモデル体型とも言えるのだ。見た目だけで言えば。

「それは最初のほうの話だって。今は別にそうとは思ってねえよ。寧ろ、あいつもやっぱり女なんだなーって思ってる。あれでも可愛いものには目がないし、甘いもの好きだし。かく言う俺も甘いものは大好きですが」
「お前のことは誰も聞いてねえ」
「で、いざ迫ってみると、それはまた素晴らしい反応をしやがるわけよ。一瞬困った顔するんだ、あいつ。困って目を逸らすのが好きでね。意識されてなきゃ、逸らしなんてされないだろ。だから、その時に判るんだよ。少なからず、好意を持ってはもらえてるって。だけどやっぱり、あいつの中には忘れられない存在がいて、そいつをこえることなんて今の俺には出来なくて…。俐咋のことは好きだけど、俐咋を傷つけたいとは思わない。だから、踏み込めない」

 踏み込んでしまうことは容易だ。俐咋は本当に触れてほしくないことには自ら線引きしているから、その線にさえ触れなければいい。そうすれば、その範囲では俐咋を手に入れることが出来る。

「人間誰しも、暗闇の一つや二つ背負ってるもんさ。あいつが持つその暗闇に、俺は踏み込めない。俺が怖いんだよ、今の関係を崩してしまいそうで、あいつの記憶を壊してしまいそうで」

 だから、と我慢をして押さえるけれど、押さえきれなくなることが何度もあった。不安になって、彼女に確かめようとしたことだって、何度もあるのだ。だからその度に、俐咋に迫ってはキスをしようとする。いつもいつも避けられてしまって、そのもやもやは解消されないで蓄積する。せめて、と彼女を抱きしめて、冬哉自身が落ち着くのだ。数分でも、数秒でも構わないから、自分の作った檻の中に閉じ込めてしまいたいのだ。

「……で、なんで止めてほしいかなんだけど」
「話の流れからしてなんとなくつかめてきたぞ、それ」
「ああ、理解できる? 幾ら俺でもね、たまにホントに我慢が効かなくなるわけよ。力が暴走しかけたり、体調崩してると尚更自制がきかなくて、正直理性保つのが精一杯でね。なんたって一つ屋根の下だぜ? うちの両親がいたとしたって、俺は別に構わないし」
「こらこら、やるのを前提に話するな。まあそりゃ、理性が飛びそうになる事態にもなるだろう、うん」
「俺、元々あんまり体丈夫じゃないじゃん? 入学したての頃は体調崩してよく休んでたし。昔よりは減ったけど、今もまだ結構あってさ、両親不在で体調崩して、理性も保てなくなったらそれこそ問題なんだよ。判るだろ。だから、正直止めてもらえるのは嬉しい。まあ、本当にタイミング悪く邪魔されたら、不機嫌にもなるけどな」

 じと、と昼間のことを思い出させるかのように睨みつけて、その視線にイサトが悪かった、と謝る。昼間のことを思い出させるかのように睨んでから、ハッと気づくことがあった。
 今まで本当にキスをしたことはなった。直ぐに避けられて、それは未遂に終わっていて。つまり、と思い当たり、思い出すとなんだか恥ずかしくなって、冬哉は自分の体温が上がるのが判った。

「あ、酔ったか?泥酔か?」
「いや、そこはちゃんと理解してるから泥酔はしてねえ。少し酔ってるけど。ちょっと思い出したら急に恥ずかしくなってきた…。今まで何だかんだ言って逃げられてたから、今日したのって初めてなんだ…」
「ってお前結局キスしてたのかよ!」
「お前らが来る前に何回か」
「何回かって!!!!」
「正直自制が働いてなかったから、止められなかったらどうなってたやら…」

 もし彼らが止めに来なかったら、と一瞬考えて、直ぐにやめた。ただでさえ脳内が桃色状態なのにこれ以上桃色にしてどうするんだ、と自分に言って、グラスに注いでいた残りを飲み干したのだった。

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2009/09/20
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