*08 闇を背負う者/中編*

 星治から話を聞いた後、折角来たのだから宇宙連邦軍の中を見て回って見ては、と星治に言われ、冬哉の案内で俐咋は軍内を見回ることになった。本当ならば星治本人が案内したかったそうだが、仕事に追われているらしく、今日は無理だからということで冬哉が案内することになった。

「それにしても、広いね……」
「まあな。地球支部は17番目に大きいとされているくらいだ。今ある支部は幾つだったかな…、5ケタはあった気がする。本部はミーデ系にある小惑星ミデルハーゲン全体。結構昔はミーデのミンディシアにあったんだが、宇宙史で言われる【第3次宙界戦争】で中枢をやられちまってな、移動したんだ」
「全っ然判んないよ…」
「まあ、そうだよな。元々この世界の人間じゃないから、言われてもって感じだよな。俺もいなかった間の歴史は抜けてるよ。俐咋より生きてるから、相応の知識はあるけど…。俺が知らないことは父さんか母さんに聞いてよ」

 俐咋たちデスマスターが統治し、生きるチャイルドワールド以上の長い歴史が記録されている世界、通称マザーワールド。俐咋はこの世界を知らなくて良かったのなら、知らないままでいたかったと思っていた。この世界を知ってから、自分たちチャイルドワールドの人間が、本当は生き物ではないのかもしれないと思い始めていたからだ。
 神である星治に作られた世界の中で生きている。それは作られた世界だ。だから、そこに生きている人も、作られたものでしかないのではないかと考えている。本当に生きているのは、ゼフィアと呼ばれる一族の3人だけなのではないか、と。

「あれ、冬哉じゃん」

 冬哉を呼びとめる声に、呼ばれた本人は目を丸くしていた。冬哉の視線の先にいたのは、先日泰樹が着ていた軍服に、両耳に3cm程のしずくの形をした宝石をあしらったイヤリングをした男性だった。髪の色は薄めの朱色で、もみあげが少々長い。前髪が9分分けで右に寄っており、右目が殆ど見えない。冬哉が見上げるほどの長身だ。2m近いのではないだろうか。

「もしかして、イーデリヒ…イールか!?」
「ご名答。良く覚えてたなー、えらいえらい」

 イールと呼ばれた男性は、冬哉の頭をぽんぽん、と叩くが、冬哉にその手を薙ぎ払われてふてくされていた。

「そっちの子は?彼女?」
「いや、残念だが彼女じゃねえ。賀瀬 俐咋、アカデミー実技クラスにこないだ編入してきた俺の知り合い」
「へえ…残念だが、なんだ。で、アカデミーの実技ね。オーパーツの適合者なんだ?」
「一応な。まだ能力は引き出せてないらしいけど。な、俐咋」

 冬哉に行き成り振られて、俐咋は慌てて言葉を返す。何も能力が引き出せていないことを言わなくてもと思ったのだが、冬哉の態度を見ている限りでは彼もオーパーツ適合者として実技クラスにいた人間のように思える。

「あ、自己紹介してなかったな。俺は長坂(ながさか)イーデリヒ、愛称はイール。太陽系のヨーロッパ人と日本人が混ざってるクオーター。日本4分の1ね。所属は特殊部隊エリートクラス。オーパーツ【アヴェール・ルシア】の適合者。アースアカデミー第209期実技クラス卒業だから、先輩にあたるのかな。冬哉とは同い年で22歳」
「アカデミーでは一応俺の先輩にあたるんだ。イールは16でアカデミー入ってるから」

 早くからアカデミーに入っている人は、今は殆ど軍人だと説明された。彼も例外なく軍人だった。俐咋は、授業でオーパーツの適合者は軍人にならざるを得ない、と言われたことを思い出して、オーパーツの適合者であったから彼も例外なく軍人となったのだろう、と納得した。
 オーパーツに適合する人間自体が珍しいため、適合者だと判ればすぐに軍に入れられるそうだ。実技経験がない場合はアカデミーに入った上で軍人となる。

「しかし冬哉、お前いつ戻ってきたんだよ。正式な軍人でもないのに仕事に駆り出されるって災難だな」
「ついこの間帰ってきたよ。まあ、卒業してないからには正式な軍人として扱えないしな…。能力あったって、卒業しておかないと世間体もあるし…」

 冬哉のアカデミー休学期間は、軍人として仕事をしていたことになっているようだ。実際はチャイルドワールドで管理者代行をしていたが、この世界の人々には関係のないことなのだろう。
 泰樹には家庭事情だと言っていたが、面倒ゆえからかもしれない。両親が軍の関係者であることからすると、あながち間違いではないかもしれない。

「身体能力並外れてるからな。特例で飛び級してやればいいのに、委員会も厳しいな」
「まあ、親の七光りだって言われても仕方ない気もするし、そういう頭のお固い方々には実力示しても学力がないだのいわれそうだからな。そろそろ真面目にやるよ」
「ってことは、アースアカデミー史上最高の点数が叩き出されるわけだ?」
「最高の点数って…?」
「ん?ああ、賀瀬さんは知らないか…。誰も到達しなかったオールAAA(スリーエー)。今までの最高点はM-Systemプログラミング以外がAAA、だったかな。まだM-Systemプログラミングは受講科目じゃないから判らないかな…。実技クラスだと必修じゃないから取ってないかもしれないし」

 俐咋はなにそれ、と首をかしげて冬哉に聞くと、軍で使っているシステムの中に【M-System】というものが存在するとのことで、個人が所有するデータベース、なのだそうだ。単にデータを置いたり、引き出したりというだけならばプログラミングはそこまで重要ではないらしい。動作を全てコマンドラインで行う。その命令については、多少覚える必要があるから頑張れ、と冬哉に言われてしまった。

「あのシステム、昔はそれほど複雑じゃなかったのに、歳を取る毎に複雑になってくるんだよなあ…。アドミニストレーター誰だよ、あれ」
「俺が知ってると思う、冬哉?」
「だよ、な。ま、父さん辺りに聞けば誰かってのは判るかもしれないな。次会う日に聞いてみる。あの様子だと当分家帰ってこないだろうしさ」

 冬哉は苦く笑って、短い言葉を交わし、イールが踵を返していった。俐咋は、先程の星治の様子を見て、家に帰ってこないだろうと言うのが判るのだから凄い、と心の中で思った。決して口には出さない。親子とはいえ、普通の親子より長い時間を過ごしているからなのかもしれない、と答えが纏まったところで冬哉に呼ばれ、軍の中を歩いて回ることになったのだった。

* * * * * * * *

 軍を出て、帰路を歩く。軍から遠ざかるにつれて、賑やかな商店街になっていく街の姿を見て、軍は敬遠されているように思える。全員が軍を好きだということはないだろう。誰か一人、少なくとも一人以上は嫌う者もいるのではないだろうか。

 冬哉の携帯端末(正式名称はエレクトリック・モバイルネットワーク・ターミナル―――EMNT(エムト)と言うらしい)に着信があり、その画面を見て、冬哉が呆れたのが判った。誰だと俐咋が問うと、画面を見せられる。表示名で「母さん」と書いてあった。唯である。
 手慣れた操作でボタンを押すと、小さなモニタが現れ、そこに唯の姿が映っていた。

「何、母さん。どうしたんだよ」
『お父さん、何の用事だって?』
「…こないだの話の。泰樹関係とその関連」

 こないだの話の、と一旦区切り、その後は呟くように言った。咄嗟に聞かれて、問題のありそうな単語を控えることが出来るのは流石だ、と俐咋は感嘆した。デスマスターを務めていた彼女でも、そういった対応は苦手なものだったからだ。

『そう。で、帰ってこれそうだった?』
「いや、無理そうだった。本当に無理なら連絡来るだろ」
『そうね。あの人が帰ってこれないとなると、ちょっと問題ね…。いや、元々料理させても昔から壊滅的だから、色々問題なんだけど』
「は?何が? なんかあったのか?」
『私、明日からちょっと長期出張になっちゃって。ミデルハーゲンに行かなきゃいけなくなっちゃったのよ。もうあと3時間後に出なきゃいけないんだけど…』
「急だな…。それって青葉として?或河として?」
『どちらの意味でも。表向きは青葉でってことになってる。あの人が動くより、私が動く方が世間体は良いから』

 先生という冠を持つからこそ、表向きはそのように動ける。軍に関係のある人間は、或河大佐の妻であるというのは知っているらしい。唯は教師としてアカデミーの一般クラスを受け持っているが、そちらでは或河大佐の妻であるというのは知られていないらしい。そういった面から、唯が動くのがいいのだろう。
 俐咋は先程の唯の言葉に、もしかして、と思い当たることがあった。星治に料理をさせても壊滅的、と言っていたから、食事や家事のことを気にしているのではないだろうか。

「料理とか家事なら別に大丈夫ですけど…。私できますし」
『うん、俐咋ちゃんが出来るだろうからその心配はしてないんだけど…』
「………俺、だな」
『そう、あんた。その状況で体調崩されると、誰も対処できないでしょ。制御出来るのは、親である私か星治しかいないんだから』
「でも、意識がしっかりしてればどうにかできるはずだ。昔よりは制御できるようになったし、そろそろ自分で出来ないとまずいだろうからやってみるよ」
『……、判ったわ。星治は当分地球から離れはしないだろうから、危なくなったら呼びなさい。じゃ、当分いないけど宜しくね』
「ああ」
『あ、あと、俐咋ちゃん。冬哉が変なことしそうになったらぶん殴っていいわよ』
「了解です」
「……信用ないのな、俺」

* * * * * * * *

 そしてその夜、星治から連絡が入った。彼もまた調査で数日の間、地球を離れるそうだ。こちらにも念を押され、冬哉がやってみると返して通信が切れた。

「そう言えば気になってたんだけど、どうして体調を崩したらまずいの? さっきからその話ばかりじゃない」
「俺がリタンダって種族にあたるってのは知ってるよな。リタンダは体調を崩しやすい種族で、昔は良く寝込んでたんだ。今はあまり酷くなくなったから普通に生活してる。体調を崩すと自分の力の制御が上手く出来なくなるから、何か起きてからじゃ遅いんだ。だから、その制御に関して、うちの両親はすげえ心配する」
「冬哉の魔力ってそんなに高いわけ?」
「一般的に見たら、恐ろしく高いと思うよ。でも俺はその全てを制御できないから、両親が封印してるけどね」

 それでいて、体調を崩した際に何かが起こるかもしれないというのだから、困ったものだ。

「……正直、怖いよ。俺が制御しきれなくて、俐咋に何かあったら嫌だし。お前、俺の魔力勝手に吸収しようとするし」
「それは私が望んでやってるわけじゃなくて、足りない魔力を補おうと体が反応するだけで」
「でも、俺の魔力の波長はお前には合わない」

 俐咋は以前、『ゼフィアの館』に居た際に一度、倒れたことがあった。普通に体調を崩したものだと思っていたのだが、のちに消費した魔力を補おうと、館内に漂う冬哉もといアルトの魔力を勝手に吸収したのが原因で倒れたということが判っている。

「だから、今の状況が正直困る。父さんまで地球から居なくなったんだぞ」
「対処できる人がいないんだもんね…。それは流石にちょっと怖い。私に対処できないだろうし」
「そういう意味じゃなくて。いや、それもだけど。お前、どうとも思わないわけ? 顔見知り、短期間とはいえ男と一つ屋根の下で暮らすんだぜ?」
「あんまりいつもと変わらなさそうだし、大丈夫かなって」

 あれだけ人に迫っておいて、突然しおらしくなる。かと思いきや、いつもの強気な彼になっていて、マザーワールドに来てからというもの、俐咋は冬哉に驚かされっぱなしだ。
 冬哉ってやっぱり良く判らない、と俐咋が考えたとほぼ同時に、彼女の背に固いものが当たる感触がする。はっとして気付くと、眼前、10センチメートルもあるかないかの至近距離に冬哉の顔があった。

「俺は大丈夫じゃない。今すぐにだって欲しいのに」
「っ……、ちょ…っ」
「手を伸ばせば手に入るかもしれないこの距離にいて、我慢なんてしてられるかよ」
「や、だ…、やめて…よっ……、っ」

 俐咋の己の意識と無関係に、冬哉が触れるだけで驚き、体が震える。少し前はこんな風に迫られることはいつものことだった。向こうの世界に居たときなんて、日常茶飯事のように起きていたことだ。その度に殴り飛ばすわ蹴飛ばすわと回避してきた。それなのに、今は止めることが出来ない。
 その理由は、俐咋の頭の中では理解していた。少なからず、彼に対して好意を抱いていることは判っていたのだ。だから、無理やり拒否が出来ない。本当は、嬉しいのかもしれない。こんなにも想ってもらえることが、嬉しくて仕方がないのかもしれない。
 口先だけが拒否をする。その口も、次の拒否の言葉を紡ぐ前に塞がれる。突き放そうとしてみても、体に上手く力が入らない。そんな状態の力で、冬哉を拒否するなんて出来ないのだ。

 ピンポーン、と呼び鈴が鳴って、俐咋のまどろんでいた意識が一気に覚醒する。だめだと言葉を発そうとしてもそれは直ぐに遮られてしまう。息をするのも苦しくて、息も声も荒げてしまう。それが、彼にとっては逆効果のようで、一層攻め立てられてしまう。
 呼び鈴が何度も鳴って、扉を叩く音がして、辛うじて出なくていいのかと口にすると、必要がないと一蹴された。そしてまた、冬哉が俐咋にキスをしようと頬に手を添えてあと5センチ、というところで玄関の扉が開いた。

「冬哉!」

 冬哉は自分の名を呼ぶ者が誰なのか直ぐに判り、至極不機嫌になった。その不機嫌を解消するためだとも言わんばかりに、もう一度俐咋に口付けようとしたと同時、部屋の扉が開いた。
 俐咋はどうして玄関が開いたのか、どうしてこの部屋だと判ったのか、それらを瞬時に判断する余裕はなく、現れた人物をぼうっと見るしかなかった。

「と…、とう、や」
「……は、はれんちな…!」

 現れた男女の声に、ようやっと俐咋の意識が本当に覚醒してくる。覚醒してきてから、その状況がどれだけのものかに気付いた。そこに見えるのは、普段から行動を共にしている二人で、今自分は冬哉にキスをされようとしているところで、そのまま場が凍結しているのも判っていた。

「私の俐咋に何してるのよおおおおおおおおおお!!!!!!」

 女性の声の主である巳捺は、オーパーツを具現化して、全力で冬哉に攻撃する。その攻撃に冬哉が慌てて、キスをしようとしていたのはやめるが、俐咋を自身の腕の中から離そうとはしなかった。

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2009/09/16
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