*08 闇を背負う者/前編*

 アカデミー1年の時、一般クラスの女子学生に付き合ってくれと言われて付き合っていた。最初はどうとも思ってなかったけど、そいつが必死に頑張っている姿を見て、可愛いなって思った。そいつのお陰で、俺は好きと愛することの違いが判った。好き、だなんて言葉は誰にでもいえる。物が好き、そういう性格が好き、簡単に言える言葉なんだ。と、論点がずれたな。

 元々、泰樹は一般クラスの人間だった。オーパーツの適合者ではなかったんだ。俺と付き合っていた子が気になっていたらしい。それが恋愛の意味での好きかどうかは、俺にも良く判ってなかったけど、彼女と一緒にいるといつも後ろから睨まれていた。
 今思うと、あいつが初めて本気になったのは、その時だけだったのかもしれない。

 ある日だ。付き合い始めて半年くらい経った頃かな。帰るのを待ってると彼女が言ってたから、その日の授業が終わって急いで向かったけど、そこにいなかった。あったのは一つの置手紙。差出人は、佐伯泰樹。彼女が一般クラスだったから、名前と姿は知ってた。いつも俺を睨んでくる奴だというのも判っていた。

 嫌な予感がしてた。その置手紙には、体育館で待っていると書いてあって、俺は急いで向かった。体育館の扉を開けると、照明は全て落ちていて、夕日が体育館に射しこんでいるだけだった。その体育館に伸びた影があって、そこにいるのだと判った。

『ねえ、或河。君は幸せ者だね』
『…何の用だよ。俺の彼女、返してくれない?』
『残念だね、もうこの子は君の彼女じゃないよ』
『は…? ふざけたこと…』
『だって君のことなんて、記憶にないから』

 泰樹は、幻術の魔法を扱える人間だった。悲しいことに、彼女に記憶操作をして俺と言う存在を消したそうだ。その上、彼女と付き合っているのは泰樹だと記憶を塗り替えた。そこまでしてほしいと思ったのなら、真っ向から勝負すればいいのに、あいつは魔法に頼ったんだ。
 完全に俺のことを忘れていた彼女に、何もしてやれなくて、俺は自分を悔いたよ。泰樹を憎んだ。そんなことで手に入れようとするなんて間違ってるって。

 それから1カ月して、泰樹が彼女と別れたという話を聞いた。どうして別れたのか判らなかった。好きでいたなら、愛していたなら、ずっと一緒にいたいとも思うだろうに、ってな。
 そして、泰樹は行き成り俺の前に現れて、あれは本物じゃない、と言った。当時の俺には、それが何を意味しているのか全く理解できなくて、あいつが何を言いたいのか良く判らなかった。だけど、一緒にいたくて手に入れたはずの彼女と、どうして別れたのか、それがとても気になって、腹立たしくて、俺はあいつをぶん殴った。

 そう、あいつの嫉妬の行く先は、奪い取って、それを見せつけることなんだ。

* * * * * * * *

「よほど、俺のことが嫌いらしい。俺を傷つけるためなら、なんでもしようとするんだ」
「……まるで人を道具扱いね」
「そう、その通り。だから、俺はあいつが嫌いだ」

 話し終えて、冬哉はごろんとそのまま後ろに寝転がる。その目はどこか虚ろで、昔を思い出しているようだった。
 昔の思い出にふけっているのを邪魔するのも悪い、と思い立ち上がると、冬哉に腕を掴まれた。

「…なあ、俐咋」
「何?」
「本物じゃない、ってどういうことだか判るか?」
「それを私に聞かれても」
「そうだよな。だけど、お前にも関係してるみたいなんだ」

 寝転がっていた体を起して、俐咋の腕を掴んでいた手を離した。

「それ、どういうこと……。私はこの世界には関係ないのに」
「関係ないはずなんだ。でも、父さんたちは、俐咋が関係している、だから連れて来たというんだ」
「……一体、何が」
「それは、俺にも判らない。ただ、俐咋を…、泰樹に渡すなって言われたんだ」
「大丈夫よ、冬哉にも渡らないし、佐伯くんにも渡らないから」
「それはそれで、ちょっと悲しい。せめて―――」

 軽く、腕を引かれて、そのまま前のめりになる。さも当たり前のように、抱き竦められてしまった。

「せめて、俺のことだけを見ていてほしい」

 冬哉が言いたいことは、判っている。けれど、俐咋と冬哉の間にはデスマスターと言う区切りが存在する。デスマスターである以上、均衡を崩してはならないという理由で、愛し合うことはできない。それは、彼の父親が決めたことなのだ。

「なんだか最近、しおらしいんじゃない?」
「なんだよ、しおらしいって…」
「強引じゃないね、って言いたいの」

 冬哉の体を軽く押すと、離れてくれる。少し前だったら、軽く押した程度じゃ離れてくれなかった。

「ほら、ね」
「お前だってそうだろ、力強く反発しなくなった」
「ええ、少々心情に変化がありましてねー」
「奇遇だな、俺もだ」

 変化があった―――。それが何だかおかしくなって、俐咋と冬哉は暫く笑っていた。

* * * * * * * *

  翌日、俐咋と冬哉は宇宙連邦軍の敷地内にいた。星治からの呼び出しで、この建物にいた。俐咋にとって、敷地内で見るもの全てが新しく感じた。電子機器の力が進むとこうなるのか、と自分の世界の行く末を考えた。
 冬哉の後をついて、敷地内を歩いていると、冬哉に挨拶や会釈をする者の多さに、俐咋は驚いた。実技クラスの学生が軍属であると言う話は聞いたが、それ以上に、冬哉自身が有名な大佐の息子であることが原因なのだろう。

「失礼します、或河冬哉です」
「賀瀬俐咋です」

 その声を確認したのか、扉が開いた。見る限り、ICカードによる認証とバイオメトリクス認証を併用しているようだった。セキュリティにも気を配っているようだ。
 扉が開いて、その中に足を進ませると、床に散らかっている書類に驚いて足の踏み場を間違えるところだった。驚いていると、星治がさも当たり前だという言葉を発した。

「ああ、それ踏んでも構わないから」
「いや、せめて道を作ってください」
「昔は唯が整理してくれていたから、散らからないで済んだんだけどねー」
「はいはい、惚気てないで本題教えてくれよ、父さん」

 ばっさりと一刀両断する冬哉に、流石に父も苦笑していた。

「佐伯 泰樹について、君らに言うべきかと思ってね」
「それなら、家でもいいんじゃ…」
「言うだけならいいんだけど、説明の際に必要な資料が持ち出せないものでね」

 そう言うと星治は、自身の目の前に電子キーボードを具現させる。カタカタ、と短く入力すると、星治の後ろに大きな画面が現れ、そこに泰樹のプロファイルが映し出されていた。

「佐伯 泰樹。アースアカデミー第211期一般クラス卒業。2年次に飛び級で4年編入。宇宙連邦軍特殊部隊所属。軍ではエリートB-(ビーマイナス)クラス。オーパーツ【ローダストロフ】適合者。一般クラス卒業後、オーパーツ適合者と判った稀な例。性格には多少難あり、吹っ切れると猛獣化することも確認済み。配属はエリートB-だが、軍人としては性格上C-(シーマイナス)。使用魔法は幻術系。その他基礎各種使用可能。両親は不明。孤児として施設で育てられた。血液型はA。地球・日本人系とアーカデオ・アーカディアン系の混血。現在23歳」
「基本情報はそれくらい、なのか…。あいつ、混血なんだな」
「一応、DNA配列や骨格をみるとそうみたいだけど、詳しいことは判ってない。孤児だしね。アーカディアン系だから、吹っ切れると猛獣化ってのはデフォルトかもしれないな。あの系統は元々そういう性格が多いんだ」
「でも、父さんがこれを伝えるためだけに呼んだとは、思えない」

 これくらいの情報なら、そんなに位は高くなくとも軍人が知ることの出来る情報だ。それを伝えるために呼ぶ必要などない。俐咋もそう思った。それだけなら、家でも十分だ。

「本題は、五大悪魔の話だ」
「五大悪魔…?」

 悪魔、という言葉には聞き覚えがある。だが、実在すると言う話は、俐咋にはあまり聞き覚えがなかった。冬哉から説明をされるまで、架空の存在だと思っていた。冬哉が神と悪魔の混血児、【リタンダ】という種族に当たると言う話を聞いてから、信じることが出来るようになったばかりだった。
 画面に五大悪魔の姿が映し出される。悪魔とは思えない、人間と然程変わらない風貌を持っていることに驚いた。恐らくこの資料が持ち出せない資料なのだろう。

「今の五大悪魔は、サダリィアーズ、リノス、ティオスティーラ、アーバイン、ロクレスだ。サダリィアーズは先の戦乱で死亡している。ティオスティーラは悪魔ではあるが、天使でもある。だが、彼はサダリィより早く、悪魔として死亡している。現存しているのはリノス、アーバイン、ロクレスの3体だ」
「ここでその話が出るってことは、泰樹が悪魔に関係してるってことだろ」
「ああ、そうだ。この件で、悪魔・アーバインが関係している」
「アーバイン……」

 その名前に聞き覚えなどなかった。だが、俐咋の中で何かが引っ掛かっていた。聞いたこともない名前なのに何故だと自分に問うても、何も答えは返ってこなかった。

「佐伯 泰樹が悪魔・アーバインと関係がある、とまことしやかに軍部で言われているんだ。暗部が動いて情報を集めているが、確実な情報が出てこない。もし、何か情報になるようなことがあれば、俺に伝えてほしい。もし、これが本当なら、色々関係することがありそうなんだ」
「そういや、昔チャイルドワールドで異常が出た時も関わってきたんだよな、アーバイン」
「チャイルドワールド…?」

 聞き覚えのない単語に俐咋が首をかしげると、思い出したように星治が説明を始めた。

「ああ、そうか、俐咋には教えてなかったんだったね。ここが、ゼフィアの言うマザーワールド、母の世界。逆を言えば、俐咋たちが生きる世界は、俺らにとって子供の世界。チャイルドワールドってわけだ」
「なるほど…。それで、昔、そのアーバインって悪魔が、チャイルドワールドに異常を起こしたんですか」
「うん、そうだね。だいぶ前だから……あっちの歴で言うと200年くらい前の話だ。デスマスターで約4代前に当たる。その時代に、アーバインに侵入された。直ぐに追い出したから、直接被害が出たことはなかったんだけどね…。こうも関わってくると、もしかしたら、種を落とされたかもしれないと不安にもなるよ」
「だから、情報提供してくれ、ってことなのか。泰樹に最も関わりがあったのは俺だしな…」
「そういうことだ。だから、俐咋も何かあったら宜しくね」
「判りました」

 過去に、悪魔に侵入されたことがあったなんて―――。ただそのことだけが、俐咋の頭を回り続けていた。

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2009/08/19
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