*07 星を治める存在/後編*

 ざわめく学内を、呆れた顔で歩き続ける冬哉。その後ろを俐咋、イサトが続いて歩く。体育館の前に到着した冬哉は、その苛立ちからか、体育館の扉を乱暴に蹴って開けた。

「おい、泰樹。戻ってきて早々、人を呼び出すなんていい度胸だな」

 体育館の真ん中で、こちら側に背を向けていた人物が佐伯 泰樹であるということは、俐咋にも判った。簡素な装飾のついた軍服に身を纏い、ただ背を向けて立っているだけ。その彼が、冬哉の声にゆっくりとこちらを向いた。

「どこに行っていたのかと思ったよ、冬哉」
「家庭事情だ。休学中のことは言わねえ」

 冬哉が「『別人』だということを忘れるな」と言ったのが何故だか、今理解出来た。佐伯 泰樹という人物は、俐咋の幼馴染であるマコトにそっくりだった。多少の差はあれど、そこにマコトがいるかのような錯覚を覚えさせられた。
 黒めの茶色の髪、その背格好、全てを取って、マコトのようだったのだ。

 ただ一つだけ違ったのは、彼が纏っている空気。マコトのように優しいものではなくて、触れる全てを切ってしまうかのような鋭さを持っている空気だった。

「そう、じゃあいいよ。俺はただ、お前に喧嘩を売りに来ただけだしね」

 泰樹が剣を構えると同時、冬哉も己のオーパーツを具現させ、構えた。

「だったら自分で探せよ。そういうの、迷惑って言うんだぜ…!」

 冬哉が勢い良く地を蹴って、刀を振るう。それに反応して、泰樹は後ろへ下がったが、直ぐに弾き返す。いつもの適当そうな表情をしている冬哉が、本気になっているように見える。もしかしたら、怒っているだけなのかもしれない。俐咋は冬哉がが怒るところなど、見たことがないから、判らないのかもしれない。
 イサトに促されて別の場所へ歩くと、そこに巳捺がいた。巳捺の顔は心配そうというわけではなく、じっと泰樹を睨むように見ていた。「巳捺らしくないよ」と言うと、「佐伯くんが憎いのよ」と一言返ってきた。巳捺に何かあったのか聞きたかったが、今ここで聞くのは悪いだろうと、俐咋も目の前で行われている戦いに目をやることにした。

* * * * * * * *

 かんからん、と乾いた音で剣が床に落ちた。それが終了の合図であると言わんばかりに、だ。冬哉の手から刀が光の粒子となって消えて、終了したのだと判った。
 勝ったのは冬哉、負けたのは泰樹だ。

「………相変わらず、強いね」
「かの或河大佐と青葉先生の息子だぜ。なめんなよ」
「人外の様だよ」
「好きに言え。お前に俺を越すことなんて出来ないだろうから」

 吐き捨てるように泰樹に言って、俐咋たちのいるところへ歩いてくる。お疲れ様、と俐咋が労いの言葉をかけると、あんなものどうってことない、とため息交じりに言われてしまう。その顔は、泰樹の相手をすることが疲れる、という感じで、早くこの場から立ち去りたいという表情でもあった。

「……牧本」
「判ってる。ごめんね、或河くん」
「いや、いい。俐咋、イサト、行くぞ」

 巳捺とのその一言のやりとり。それが俐咋にとって、妙に引っかかっていた。巳捺が「泰樹が憎い」と言っていたことに関係しているとは思うのだが、それを聞けないまま、体育館を後にした。

「……、やっぱり殴っておくべきだったかな」

 食堂に向かっている途中、巳捺がぽつりと呟いた一言に場が硬直した。殴っておくべきだった、と言っているのだ。誰を、というのは俐咋には想像できたが、歩いている途中に言うものだから、場が固まってしまった。
 その場を破ったのはイサトだった。巳捺に諦めろ、というように諭す言葉だった。

「やめとけよ。それで牧本の気が晴れるわけないだろ……あいつ、死んで当然なんだから」
「あんまり深い話するなよ、イサト。俐咋だっているんだから」
「だけど……、これは俐咋が知っていてもいい話じゃないのか? 逆にお前が何も話していないってのが、気になって仕方がない」
「……なら、俐咋。なんで牧本が泰樹を憎んでいるか…、聞きたいか?」

 ここまで言われると、逆に気になってしまう。冬哉の質問に、ワンテンポ遅れて頷いた。

* * * * * * * *

 俺の家で話すか、と冬哉が言いだして、ならお菓子を買っていこうよと巳捺が言って、イサトがそれに賛成して。まるで遊びに行くような感覚で、或河家に着いた。

「ただいまー」
「お邪魔しますー」

 俐咋にとってもここは「ただいま」を言う家。日ごろただいまという言葉を言ってはいるが、実際ここは自分の家と言うわけではなくて、まだ慣れないでいた。

「おー、おかえりー。と、いらっしゃい」
「げ、父さん」
「げ、って酷いな、おい」
「いや、だってこの時間になんで家に……」
「面倒だったから帰ってきた」
「うわー適当ー」

 イサトと巳捺は、大佐がいるというだけで委縮していた。俐咋は二人が委縮するのを見て、そんなに凄い人なんだ、と改めて星治を見た。やはり、外見と実年齢が噛み合わない。
 星治は本当は神様で、俐咋の生きている世界を作った人。そんなことを、イサトと巳捺は知らないのだろうけれど、それを知っていて凄いと思うのは当たり前なのかもしれないが、それを知らないでも別のことで凄い人だと思われているのだから、力のある人だ。

 父と子の短い会話が終わって、冬哉の部屋に向かう。階段を上がって付き当たりだから、俐咋の部屋よりも近いのだ。結局冬哉の部屋には小さいテーブルがなかったため、俐咋の部屋からテーブルだけ移動することになった。

「で、なんで牧本が泰樹を恨んでいるか、だな」
「牧本がというよりは、俺も、なんだけどさ」
「うん…、そうだね。3年前の話だよ」

 もう3年も経つんだね、と巳捺が悲しそうに言った。月日が流れるのは早いと実感しているようだ。一時の静寂が訪れるが、それを冬哉が破る。

「泰樹は、愛するという言葉の意味を理解していない奴だ。それは今日、話しただろ」
「そうだね」
「それが原因で、知り合いが一人、自殺した」
「―――!」
「その子は一般クラスの子だった。実技クラスではない友人は彼女一人しかいなかったんだけど、一般クラスの子って、実技クラスの人に憧れを持つことが多いらしいのね。男の子に美形が多いことは、実技にいる私もよく判ってるけど…。その子は、佐伯くんが好きだった」
「…泰樹は、俺のことを勝手にライバル視していたから、それなりに関わりはあったし、それなりに手伝ってやったんだ。結果的に泰樹と付き合うことはできた。だが、付き合ってから気付いたんだそうだ。あいつは愛すことを知らないって。好きと愛してるの違いを全く理解していなかった。理解しているつもりでいる」
「その子はね、佐伯くんにその違いを判ってもらおうと頑張っていたの。でも彼は判ってくれなかった。仕舞いに、うるさいから別れてほしいって言われたんだって。必死に理解してもらおうと頑張っていたのに、うるさい、なんて言葉で別れることになってしまったの。その日、あまりにショックだったみたいで、学校の屋上から飛び降り自殺してしまった…」

 理解してもらおうと頑張っていたのに、それを理解してもらえなかった。それは確かに悲しいことで、ショックも大きいだろう。だけれど、自殺してしまうのは、それまでの努力を無にしてしまう行為ではないのだろうか。

「……私は、彼女が自殺したことに対して佐伯くんが憎いわけじゃない。佐伯くんが理解してくれなかったことが、憎いの。あの子が自殺したことに関して、あの子自身にどうしてって聞きたいよ。確かにショックは大きかっただろうけど、そこで踏み止まってもっと頑張るっていう道もあったから…」
「それを止めることが出来なかった俺たちにも、責任はあるからな…」

 彼らの心に残った大きな傷。冬哉が、泰樹のことをしきりに気にしていた裏にはそんな事実があったのだ。
 俐咋はそれを聞いて、本当に心配してくれていたのか、と心が温かくなった。なんだかんだと言いながら、冬哉は人のことを心配しているのだ。

 それにしても、と俐咋は泰樹のことを考えていた。彼はもしかしたら、付き合ってくれと言われれば誰とも付き合うし、面白くなければ直ぐに別れるのではないだろうか。だから、彼は決して本当に『愛して』などくれないのだ。こちらが本気で愛していても、彼にはそれの意味自体が判っていないように思える。

「さて、小難しい話はこれで終わりにしようぜ」

 冬哉の声で、話が打ち切られた。それから他愛もない話や、試験の話、授業の話などをして解散することになった。玄関まで見送って、冬哉に何かされないように気をつけろと、今更にまた忠告されたのだった。

* * * * * * * *

 途中で話が打ち切られて、俐咋は疑問に思っていたことを聞けずにいた。冬哉は、昼間、泰樹の独占欲に嫌悪感を覚えると言っていた。だが、話し振りからすると彼は本気で愛したことなどないはずなのだ。その矛盾はどうしてなのか、気になっていた。
 冬哉の部屋をノックして、どうぞと声が返ってくる。扉を開けると、眠そうにベッドに横たわる冬哉がいた。

「冬哉」
「…ん、どうしたよ」
「佐伯くんの独占欲って、どんな感じなのよ。話を聞いている限りだと、好きになること、愛することの意味が判っていないらしいじゃない? それなのに、どうして判るの」
「……そんなに聞きたいのかよ」
「気になるにきまってるじゃない。巳捺やイサトさんは知らないみたいだし…」

 短く、深く溜息を吐きだして、体を起こした。話が長くなるからここにでも座れ、と冬哉の横を示すので、俐咋は言われるがまま座ることにした。

「これは、イサトも牧本も知らない話。―――俺だけが知っている、あいつの過去の話だ」

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2009/08/18
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