*07 星を治める存在/中編*

 少女が素早い動きで薙ぎ倒すのを見て、巳捺は驚きを隠せないでいた。少し頼りないと思っていたのに、彼女はこんなにも強かったのか。それを見て、冬哉の知り合いであることを納得せざるを得なかった。何故なら、彼の知り合いには特異な能力を持つ者や高い身体能力を保持する者が多いからだ。
 負けていられない。そう思って、口元に笑みが浮かんだ。普段の優しい雰囲気とは裏腹の、挑発的な笑み。ぽう、と両手に光を宿して、胸の前で腕を交差する。そうして、両手には輪が現れた。

「私も負けてられないね」

 チャクラムと呼ばれる投擲(とうてき)武器。それをオーパーツ【アルルカンリング】として使役する者。それこそが、牧本 巳捺だ。投擲武器の使い手として右に出る者はいない。元々オーパーツの中に投擲武器の数が少ないというのも、彼女が上位に君臨する理由だ。

「牧本の言う通りだな。負けてられない…」

 巳捺の隣で、イサトが呟く。彼も、俐咋の動きを見て目を丸くしていた。

「確かに、あれは或河の知り合いだな」
「ね。あそこまで素早く、手に入れたばかりの剣を扱えるなんて相当の熟練者だよ」
「俐咋を甘く見てた、ってことか…。さて、俺もそろそろ動くかな。このままじゃ俐咋に全部持って行かれそうだ」

 そう言って、イサトは己の剣を構え、敵に向かっていった。イサトに続くようにして、巳捺も戦線へ足を踏み入れる。
 それを見て、星治がはっと気付く。

「…と、学生どもに負けるわけにはいかないな」
「何、今更そんなこというの?」

 妻に笑いながら言われて、むっとする。分析するのも仕事だ、と言って手を振り翳す。その手には長い刀が握られており、それがとても様になっていた。

「レヴェレスミス!」

 オーパーツ【レヴェレスミス】。形状は日本刀。星治が名を叫ぶと、彼の周りに赤い風が舞い上がった。

「久々に大暴れするぞ!」

 楽しそうに言うと、その風が頷いたような気がした。

* * * * * * * *

「………っ!」

 ギィン、と俐咋の剣が、敵の剣を弾く。人との戦いなんて、普段やったことはなかった。だけど、そこまで違和感を感じることがなかった。今までと同じように、戦うだけだった。今更迷ってなんていられない。ただ剣をふるって、敵を倒していくだけだ。
 攻撃を受け流しながら隙を狙う。徐々に後退しているが、後ろに障害物は何もない。そう思いながら下がって、一気に飛び下がると、どん、と誰かにぶつかった。この気配は誰だか知っているものだ。

「……冬哉」

 極めて冷静に、一言。彼の名を紡ぐと、鞘から剣をだそうとする音が聞こえた。

「俺の助けは必要?」
「必要ないよ」

 一言短く返して、剣を下段に構えて、地を蹴る。頼らなくても、それなりの力はあると俐咋は自負していた。そして、冬哉にも目の前の敵が彼女に倒せることを判っていた。

「……強がりなんだから」

 チン、と鞘に剣を閉まって、光の粒子に変え、俐咋が向かって行った方向を眺める。彼女を見ると、丁度、剣についた血を振り払ったところだった。

「お疲れ。その剣、どうしたの?」
「あんたのお父さん―――星治さんから」
「そ。父さん、用意が良すぎるよ」

 そう言われてみればそうかもしれない。だが、剣がなければ何もできなかった。

「あとは他の奴らに任せておけばいいさ。チームワークってのも大事なんだぜ」
「でも、まだ敵が来るかもしれないじゃない」
「ああ、それは大丈夫。もう潰しておいたから」

 もう潰しておいた、という彼の表情からして、それほど強い敵ではなかったのだろう。潰した本人である彼からしてみればの話だ。俐咋のような人間には、少々強い敵かもしれない。
 俐咋は周りを見渡して、戦いが終結したのを確認した。戦いが終わったのだと判って、溜息を吐き出す。学生は勉学が本分ではないのか。なぜ戦いをしなければいけないのだ。疑問が生まれてばかりだった。

「まだ、この世界にはなれないだろうけど……、頑張れよ」
「あんたが心配するなんて珍しいじゃない」
「失礼な、いつも心配してるよ。判らないことや困ったことがあったら、いつでも俺に聞いて」

 普段の冬哉とどこか違って、俐咋にはその態度が気持ち悪く感じた。心配してくれているというのは判っているのだが、どうにも解せなかった。

* * * * * * * *

 翌日のアカデミーは、落ち着きがなかった。騒がしさが増していた、と言うべきだろうか。とにかく実技クラスの学生に落ち着きがなかった。この騒ぎは昨日の戦闘のことではないらしい。何故かを冬哉に聞いてみても、彼にも判らないらしく、二人して首をかしげる事態になっていた。
 ようやく見知った顔であるイサトや巳捺に遭遇して、何が起きているのかと聞いたら、イサトに、「冬哉お前知らないのか!?」と至極けなされてしまった。そんなにも大事なことなら、アカデミー側から通達が来るはずだ。

「佐伯 泰樹(さえき たいき)が帰ってきたんだよ」
「………帰って、来ただって? どういうことだ?」

 イサトからその名前を聞いた途端、冬哉の顔つきが一変した。豹変ともいうくらい一瞬にして変わった。彼は決して喜んでなどいない顔だったから、知り合いであっても好いている者ではないようだ。それだけは、俐咋にも判った。

「ああ、そうかお前、佐伯がどうなったか知らないんだっけ。休学中の話だしな…」
「……あいつ、何かしたのか」
「何かした、というか、お前の休学中に軍人になったんだよ。しかもエリートクラス。オーパーツ【ローダストロフ】の使い手になったし、そこそこのクラスに配属されるだろうって話ではあったんだけどな」
「そうか……。戻ってきやがったのか…」

 それ以来、冬哉は言葉を紡がなかった。イサトから休学中の話を、ただ聞いているだけだった。その光景が、珍しいというどころではない。あからさまおかしいのだ。ただ話を聞いているなんてこと、彼は絶対と言うほどにしない。だから、珍しいどころではないのだ。
 その話を聞き終わった冬哉に、無理やり手を引っ張られ、連行される。無言のまま連行されて、何が何だか判らなかった。どうした、とか何があった、とか聞いてみても彼は一切反応をしなかった。仕方なく、そのまま連れて行かれることにして、連れていかれた先は屋上だった。

「ここならいいだろ」
「何、どうしたの」
「あいつに…、泰樹に見つからない場所だよ、ここ」

 そう呟くように言って、床に寝転がる冬哉の隣に腰を下ろす。普段なら、俐咋の知らない単語を並べて、説明をしてくれるはずだ。それなのに、今日は何も説明してくれない。

「その、佐伯…さんって、冬哉と何かあったの?」
「……同族嫌悪」
「はい?」
「俺とあいつは性格的な意味で同族なんだ。独占欲が強くて…、相応の力もあって。もちろん、戦闘に関しては俺の本気のほうが強いんだけど、あいつの独占欲は、見ていて気持ち悪い。一度あれを見たら、かなりの嫌悪感を抱く」
「もっとわかるように説明してくれない…?」

 行き成り同族嫌悪だ、なんて言われても、過去のことを知らないのだ。独占欲が強い、なんて言われても、俐咋はそれを知らないのだ。それに、その説明でどうして連行される必要があるのか判らない。

「だから、同族なんだよ。好きになる女のタイプも一緒で、独占欲も強くて」
「………それってさ、ただの嫉妬?」
「ああ、嫉妬だよ! 悪かったな、みっともなくて」

 寝転がっていた体を起して、ふてくされたような顔をする。照れているのか、俐咋のと反対の方向を見ながら言った。それを見て、やはり彼はただの俺様ではないと思った。何でも自分は出来ると、完璧だとは思っていないのだ。
 なんだかそれが馬鹿馬鹿しくて、可愛らしくて、俐咋は笑みを漏らしてしまった。その声に、冬哉がまだふてくされた顔をしながら俐咋を見た。どうやら気に入らないらしい。

「でも、残念だね」
「あ? 何がだよ」
「私は冬哉のことを好きじゃないんだよ」
「……判ってる」
「それに、私はデスマスターなんだよ。デスマスター同士は、均衡を崩すという理由で、愛し合えないんだよ。それくらい、ゼフィアの長だった人なんだから、判るよね」
「判ってるよ! 判ってる…、だけど……」

 いつも強気で我が物顔の彼が、あの話を聞いた途端しおらしくなった。普段だったら、茶化すのに。それすら出来ない。彼の心に余裕がないんだろうか。そんなにも、佐伯 泰樹と言う人間が恐怖に値するのだろうか。

「私は、」
「言うな」
「どうして」
「知ってるから」
「何を? 私が何を言おうとしているか、判るの?」
「判る。『私はマコトのことが好きだ』」
「……判ってるんだ。凄いね」

 俐咋が言おうとした言葉を、あっさり遮られて、冬哉に言われた。どうして彼は気付いていたのだろうか、と疑問が浮かぶ。そんなそぶりを見せたことなどなかったのに、どうして判ったのだろう。不思議だ。

「マコトが私のことを好きだってこと、知ってるんだ」
「……叶えてやろうとは思わなかったのか。お前ら、両思いなのに」
「無理だって判ってるんだよ。彼に、デスマスターのことなんて言えないって思ってたから。マコトから、私の存在を消してくれて、感謝しているくらいだから」
「だったらどうして!」
「どうしてだろうね…。冬哉に感謝してるのに、マコトのこと忘れられないんだ。不思議な話でしょ」

 俐咋は、がしゃん、と屋上のフェンスを掴んだ。それは、女性が掴むにはあまりにも乱暴な音で、冬哉は顔をあげて俐咋を見てしまった。その後ろ姿は、微かに震えていた。

「俐咋……」
「だから、言うよ。ごめんね、冬哉。私のことを好きになってくれても、私はあなたを好きになれない」

(ううん、本当は、好きになってはいけないとどこか心が警告している)

「……好き、か。お前が違いに気付いているのなら、いいんだけどな」
「違い…?」
「愛することと、好きになることの違い。それこそが、俺と泰樹の違いなんだ。だから、泰樹を恨む女は多いよ。あいつは、誰も『愛してなどいない』からさ。もし、俐咋があいつに捕まってしまったことを考えると、怖いんだ」

 怖い、なんて言葉が冬哉の口から出た。俐咋は、普段の言動や行動から、彼に怖いものなんてないだろうと思っていたが、それは単なる先入観だった。やはり、彼も人の子なのだ。
 バタン、と屋上の扉が開いて、二人は驚きながらその扉を見る。すると、そこにはイサトがいた。

「……冬哉」
「なんだよ」
「……佐伯が、お前を連れて来いって」
「そ。あいつ、今どこにいるんだ?」
「体育館」
「帰ってきて早々、喧嘩したいのか、あいつは」

 面倒くさそうな顔をして呟くと、冬哉は俐咋に向きなおって、お前も来いと言った。だが、足を踏み出したと同時に忠告をされた。

「……泰樹を見て、俐咋、お前は絶対驚く。だけど、『別人』だということを忘れるな」
「『別人』…、どういうこと?」
「あいつを見れば、判るさ」

 そう一言言い残して、冬哉は扉を開けて階段を下りていった。俐咋とイサトも慌てて彼の後を追ったのだった。

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2008/12/07,2009/08/18
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