*06 終わることを知らないアナタ/後編*

「さも当然のように相席座るな」
「いいだろ、一人でいるよりは」

 入学してから早いことで1週間は経った、そんなとある日のアカデミーの食堂。冬哉はさも当たり前だと言わんばかりにいつも俐咋を探す。そして隣か前に座る。

「周りから変な勘違いされてるような気がするんだけど…」

 転校、というか入学初日からあの或河が目を付けただの、ただの知り合いだの。人間というのは噂話が好きで困る。

「俐咋ー、あたしも相席していいー?」
「ああ、冬哉どかして座って」
「ちょっと待て、俺そんなに邪魔なのかよ」

 最近となっては聞きなれたその声、所謂友達という少女に屈託のない笑みを向けて、促す。好きで冬哉と一緒にいるわけではないのだから、彼女が座ることはもちろん構わない。

「…冬哉が退く気配ないから、巳捺(みなつ)は私の隣でいい?」
「うんうん、構わないから気にしないで」

 にこにこ、と花やら星やらが飛び交いそうなくらい眩しくて可愛い笑顔をもつ牧本 巳捺(まきもと みなつ)を前に、俐咋の顔が緩む。それを見て、冬哉がむっとするのは最早日常茶飯事だ。

「ねぇ、或河くん。午後って実戦練習じゃなかったっけ?」
「あー、そうだな。めんどくせー」
「まためんどくせーとか言ってる」

 向こうに居た時はそんなこと一言も言っていなかったのに。本当の世界だから、こうやって感情を表に直ぐに出すのだろうか。

「…実戦やるのはいいんだが」
「だが?」
「……俐咋のオーパーツ」
「俐咋のオーパーツがどうしたの?」

 クエスチョンマークを浮かべて、巳捺が俐咋を見た。そういえば、と思い返して、俐咋の手元にオーパーツ本体がないことを思い出した。

「原型復帰させたはずだから……。そうだな、母さんが持ってるかもな」
「……ねぇ、俐咋。聞きたかったんだけど、或河くんとどんな関係なの」

 ふむ、と一人で納得している冬哉と、何故か憐れな目で俐咋を見る巳捺。俐咋は両者に目配せして、巳捺に向き直ることにした。

「えーっと…ちょっと、色々あって、冬哉の家にお世話になってるのよ。恋人だとかそういう関係じゃあ無いから心配しないで」
「そうなんだ? あ、俐咋、大丈夫? 何もされてない?」
「ちょっと待て、牧本。そんなに俺は危険人物なのか」

 どうやら俐咋は本気で心配されてるようだ。

「別に何も起きてないけど…」
「なら良かった。或河くんって凄い噂が多いから…」

 凄い噂…というのは一体何だろう、と気になってしまう。冬哉はアカデミーで相当な有名人であり、問題児のため、名前を言えば誰もが判る。

「あれだろ、年がら年中女と遊んでるとか誰かが言いだしやがって」

 そんな軽い男じゃねえっての、と悪態をつく冬哉に苦笑する。普段の言動を考えると、付けられても仕方がないんじゃないかと心の隅では思ってしまう。言わない方が身の為だ。

「俺に惚れるのが悪いんだろ」
「うわ、モテてるの自慢してる」

 だが、この間のバスケのときの観客を思い出せば納得する。確かに、こいつはモテる。

「あたしの俐咋に変なことしないでよね!」
「いつお前のになった、いつ!」
「誰のものでもないってば…」

 そのやりとりに、俐咋は短く溜息をついて、昼食を口にする。
 こうやって談笑するのが楽しいと思う。その反面、懐かしく感じて、とても悲しい。本当はこうしている間にも、元の世界が危険になっている。なのに、楽しんで、いる。

(不謹慎だ…、私)

 一瞬、食事の手を止めて溜息を吐きだしてしまう。この生活を、楽しんでしまっている。

(でも、あそこにアクセスしてる人を追い詰めないことには意味がないんだよね…)

 その為に、力をつけなくては。

* * * * * * * *

「あ、俐咋、丁度良かった」
「唯さん!」

 学内で思いもよらない人に会って、駆け寄る。丁度良かった、ということは何か用があったということだろう。

「確か今日の午後授業は実戦だったのよね。オーパーツを渡していなかったから探していたのよ」
「有難う御座います」
「なぁ、母さん、俐咋は使えるのかよ?」

 ぬっと隣から出てきた冬哉に、俐咋はぎょっとする。反対側には巳捺もいる。いつの間に追い付いたのだろう。

「あ。すいません、青葉センセ」
「……よろしい」
「青葉…?」

 聞き慣れない言葉に、俐咋は首をかしげてしまう。彼は確かに『青葉先生』と呼んだ。唯の名字は或河だったはずだ。何故だろう。

「学校では母さんって呼ぶなって言われてるのつい忘れちまうんだよ…」
「そりゃ学校でそれは不味いでしょう普通」

 幾ら身内でも、場を弁えろと言われるだろう。それにしても、『青葉』というのは一体何故だろうか。

「旧姓で仕事をしているから、青葉なのよ」

 旧姓で仕事をしているのには、息子がいるからというのもあるんじゃないだろうか。先生ということは、アカデミーの先生をしているということなんだろう。

「で、俐咋がこれを扱えるか、ってことね。今の状態では少し厳しいかもしれない」
「厳しい…ですか」

 向こうでだったら、簡単だったのかも知れない。簡単だったとしても、危険性は高いから鎌のままだったんだろう。

「さて、授業始まるわよ。早く行きなさい」
「青葉先生も頑張ってくださいね」

 ほわ、と笑って見せる巳捺に、唯も顔を緩めて、有難うと返す。それから、踵を返して行ってしまった。

* * * * * * * *

 次の授業の教室へ向かいながら、談笑する。実戦練習初めてだよね、と巳捺に問われて、そうだね、とそのまま返す。

「ねぇ、或河くん。俐咋の能力って何?」
「こいつの能力? 予知だけど」
「補助かー…。それに加えて、適合者でもまだ能力引き出せてないんでしょ? 頑張ってとしか言えないなぁ…」
「ははは…頑張ります」

 予想通り体育館に着いて、足を踏み入れたと同時に予想外なことが起きた。目の前に見えたのは、剣。まるで、彼らが敵と認識されているかのように、その剣の所持者が斬りかかって来ていた。
 咄嗟にいつもの癖で鎌を具現させようとして、気づく。あれは鎌じゃない。この世界では鎌としての具現は、出来ない。慌てて飛び下がろうとするが、それよりも先に一つ、影が見えた。

「大層なご挨拶な事だな」

 その声と同時、金属の弾き合う音がした。弾かれて、剣の所持者が宙を舞い、10メートル程先に着地する。俐咋はそれに見惚れていたのに気付いて、弾き返した本人を見やる。そこには長身の剣……いや、刀を手に構える冬哉の姿。
 あれが、彼の持つオーパーツの姿。冬哉が言うには、様々な武器に変化するものらしいから、その姿の一つ、ということだ。身体能力は完全に個人の能力となってしまうから、相当鍛えなければいけなさそうだが。

「俐咋に手荒なことすんの、やめてもらえる?」
「あくまでも、俺はお前を狙ってるよ、或河」
「お前相手にするの面倒なんだよなー。俺2年のブランクあるし」
「尚更好都合だ。お前のせいで俺が病んだ責任を取ってもらおう」
「うっわうぜ。なんで俺がお前の責任取んなきゃならねぇんだよ」

 ぶん、と風を切る音。それと同時にその刀を相手に真っ直ぐ向けて、言う。

「で、俺に喧嘩売ってきた本当の理由は?」

 お前の戯言なんざお見通しだ。そう言って、顔が笑う。厭味ったらしい笑顔この上ない。

「あーうぜぇ、お前ホントうざい」
「……、また女がらみだな、多分」

 綺麗に構えていたその型を崩して、盛大に呆れる。これだから嫌なんだと呟いて、ついでだ、と冬哉が呟いた。

「俐咋の能力覚醒の手伝いしろ。それだったらお前と戦ってやるぜ、イサト」
「は!?」

 思わず言葉を洩らしたのは俐咋だ。どういうことか理解が出来なかった。

「俺はある程度ゴリ押しで勝てるから、イサトの補助してやってくれ。その指輪に意識を集中させて、俺が次にどんな動きをするかをイサトに伝えるんだ」
「ちょ、何、俺補助されなきゃいけないの!? いや彼女なら大歓迎だけど!」
「イサト、本音出てる」

 巳捺は呆れの混じる溜息とともにそう言うと、そのままの顔で俐咋の肩をぽん、と叩いた。この二人の会話には諦めて、能力を覚醒させることに集中した方がよさそうだ。

* * * * * * * *

 意識を集中させて、自分自身が感じる音を、無音に変える。一人だけ違う空間に立っているように、何も感じないように。そして、一つだけ、感じるように。
 だが、何も見えてこない。唸っていると、ちゃきん、と音が鳴って、どん、と床につく音がする。また、冬哉が勝った。

「或河、手加減を知らないのかお前は…」
「お前を全力で潰しにかかっていますから?」
「……瞬殺って、ひでぇ」

 何度もその能力を引き出そうと思うのに、中々その能力が具現しない。オーパーツを使うのは難しいものだと思い知らされる。
 だけれど、このクラスの人たちは全員がオーパーツ能力者だ。今となっては個人の好きなように扱えているが、昔は苦労したのかも知れない。そこの超人を除いて、の話だけれど。

「まぁ、そんなに簡単に使えたら、能力者ってなんなのさって感じだしね。頑張りなよ、俐咋ちゃん、俺最大限協力するから!」
「イサトは下心丸見えだからやめといたほうがいいぞ」
「あんたよりはましだよ、冬哉…」

 突拍子もなく抱き締めてきたり、迫ってくるよりはましだ。そうは口にしないが、本人は自分がやってきたことを思い出したようで、あー、とかうー、とか唸っている。自覚はあるらしい。

「あ、そうだ、俺ちゃんと自己紹介してないよな。春日(かすが)イサト、21歳」
「俺と同い年だよ。誕生日遅いんだ、こいつ。俺よりも成績が酷いから、単位落としまくって留年してるんだよ」
「余計なことは言わない!」
「事実だろ」

 はん、と相手を挑発するような物言い。ここ連日の冬哉を見ていると、向こうじゃ張り合う相手もいなかったんだろうかと思う。

「さて、丁度いいウォーミングアップになったし…。俺とやりたい奴いるかー!」
「自ら敵を呼ぶか!?」

 いつものノリで突っ込むが、それも時遅し。俺と、とか私と、とか散々相手が見つかっているではないか。

「上等だ、俺の鬱憤晴らしに付き合えお前ら! 纏めてかかって来い!」

 鬱憤かよ!とイサトが突っ込むが、さっさとオーパーツの形状を鎌に変えてしまう。そして、勇んで能力者の集まりに向かっていくではないか。

「あいつ相変わらず判らん」
「…えーっと、いつもあいつってああなんですか?」
「あ、丁寧語にしなくていいよ。いつもあんなだよ。かなり恨みも買ってる」

 あれ、というように親指でイサトが示す『あれ』は、次々と戦線離脱させている。ふっ飛ばされている者も居れば、本当に傷を負っている者すらいる。

「…でも、羨ましいんだよね、あいつのこと。あいつの両親も凄い方々だけど、あいつ自身の力の強さには驚かされるよ」

 どこからあんな力が出てくるのか不思議になる。それと同時に、あの存在自体が怖い、とイサトは思っていた。俐咋はどう思っているのか気になって、彼女に問いかけると、怖いとは思わない、という言葉が返ってきて驚いた。俐咋曰く、判らない、という言葉が適切なのかもしれない。理解できない所がいくつか、たまにあるのだとか。

「…今のところ、ただの変態」
「変態…ってことは俐咋ちゃんなんかされたの!? 貞操の危機とか…」
「それはない」

 イサトの言動で、類は友を呼ぶ、という言葉が合ってると思ってしまった。考えの行きつく先がそれなのだから、冬哉とイサトは似てるのだ。

「俺の話で盛り上がってる?」
「寄るな変態」
「うわ、ひでぇ」

 持っていた刀を光の粒子に変えてしまう。それと同時に、ペンダントが形成される。本当に、オーパーツの原型はペンダントトップだったのか。

「やっぱり張り合える奴はいないな。軽く体動かした程度にしかならん」
「そこまで言うならジムでも籠ってくりゃいいだろうが…」
「俺は実戦がしたいんだって。出来るなら軍人とお手合わせ願いたいね」

 でもうちの両親は勘弁、と苦笑しながら言う。そんなに嫌なんだろうか。問うと、強すぎるから、と返答がきた。負け戦はしたくない、ということか。妙なところで意気地がない奴だ。

「……、何という違和感」
「え?」

 会話を遮るように突然呟いたイサトに、俐咋は首を傾げた。冬哉の顔を見ても、その面持ちは厳しいものだ。嫌な感じがする、とイサトが言うものだから、余計に判らなくなる。冬哉を見やっても、じっと動かずに気配を探っているような…。

(気配?)

 自分で考えていることに気付く。そう、気配だ。違和感の正体は、気配。

「嫌な感じだな…。俺らが出る必要はないだろうが…」
「どういうこと…?」

 その違和感はそれなりに近い場所にあると判る。だが、出る必要がないということが今一理解できない。

「『学生』が出ていく必要はない」
「そう、必要なのは『軍人』」
「唯さん!?」

 突然の声に、半歩後ろに下がってしまう。今、全く気配が感じられなかった。

「…だけど、出頭要請よ、冬哉」

 ふ、と笑みすら湛えて、彼女は息子に言った。

「誰から?」
「総統から或河大佐経由で」
「……そうか、特殊クラスの統括軍人は父さんだったな…」

 ぐて、と呆れながら言う冬哉に周りが苦く笑う。にこにこ、と唯も笑っていたが、その顔が一瞬にして強張る。

「アカデミー特殊クラス生に告ぐ! これより軍属としてその能力を軍へ献上せよ!」

 その声に、ざわつきが消え、それぞれ敬礼をした。敬礼を終えると、彼らは出口へと一斉に駆け出していった。

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2008/09/16
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