*06 終わることを知らないアナタ/中編*

 開けっぱなしの窓から、そよりと夜風と月明かりが部屋を侵す。ふわり、と髪を浚う風のその心地良さに、目を閉じてしまいそうになる。薄らと寝ぼけ眼の様な眼を開けて、冬哉はその頭を動かし始めた。

(…びっくりしたんだよ、あいつがいるんじゃないかって…)

 あの姿を見た時に、俺を知っているんじゃないかと手に汗を握ったのを覚えている。あいつとは違うと判ったときの安堵感と言ったら、この上ないものだった。

「あいつとは、随分違ったけどな…」

 ふ、と声に出していることに気付いて、浮遊していた意識が覚醒する。誰もいなかったからいいものの、誰かがいたら反応を返されていた。
 誰もいないことを確認して、自嘲するように呟き始める。

「…憎たらしいほど純粋に一途で…、あの探究心は珍しいものだったな」

 あいつにはないものを持っている奴だと思った。外見と声は瓜二つなのに、性格は全く違うんだ。
 あいつはどちらかと言えば俺寄りの性格だと自負する。俺やあいつは、好きになるということは愛憎が入り混じる。あいつなんて、俺よりも酷いかも知れない。手に入れるためならば手段を選ばない。手に入れたら入れたで、強烈な独占欲を見せつける。

「……あいつの様にはなりたくないんだ…」

 壊したくない。誰よりも大切だと心の底から思えるから。

(少し、苛めてはみたいけどな…)

 あんなことをしてみたらどうだろう、なんて脳裏にその光景を描いて、彼女がどんな反応をするかが描けない。余計気になってしまった。気にはなるが、流石にそろそろ惰眠を貪るべきだろう。
 今が何時だかは知らないが、既に昨日から今日への日付は変更しているだろう。今日は彼女が学生としてあのアカデミーに来る日だ。害虫駆除もしなければいけないだろうか。
 いや、それよりも、何かが嗅ぎつけてこなければいいと、思う。彼女の能力は未知数だから。

* * * * * * * *

 眠い目を擦りながら、ぺたりぺたりと廊下を歩く。もう少し早く寝れば良かったと今更後悔しても遅い。

「おはよう、冬哉。随分遅いのね」

 厭味ったらしく聞こえてきたその声に、呆れながら視線を上げて、そのままの動きで一時停止してしまう。

「……見間違いでなければ、俐咋がご飯を作ってませんか」
「既に食卓にあるのは唯さんが作ったよ。時間がないっていうんで、他に必要なものがあるなら作ってって言われたから」

 俐咋がそう喋っている間にも、フライパンの上で野菜が踊っていた。

(…料理、出来たのか)

 ゼフィアの館では召使いたちが全てやってしまう。それはもう素晴らしく、三ツ星レストラン並みなのだが、どちらかというと家庭料理の方が好きだ。だから、顔が緩むのが抑制できない。

「…突っ立ってると、ご飯の時間なくなるんじゃない?」
「あ、ああ…」

 緩んで仕方がない顔をどうにか戻して、両親の居ない食卓に腰を下ろす。
 両親揃って居ないのは珍しいといえば珍しい。どちらも軍属ではあるが、両者位が高い為、勤務時間はかなりルーズなのだ。

(母さんが朝飯の準備が出来ないほど忙しかった理由って…なんだろう、気になるな)

 気になる、と考えて、ふと思い出す。あの人の職業は何だっただろうか。そこまで考えて、唯の職業が軍人兼アカデミー教員であることを思い出した。俐咋が学生として入学するから、裏からの手続きをしにいったのかもしれない。
 ことん、と色鮮やかな野菜炒めが入ったお皿が目の前に見え、顔を上げると俐咋が椅子に腰をおろしたところだった。

「転校生ってだけで色々聞かれたりしないかな…どこから来たとかなんで来たとか」

 いただきます、と合掌して箸を取り、朝食に手をつけながら俐咋は言った。確かに、聞きそうな奴は何人かいるような気がする。

「まぁ、18歳だって偽ることだけ忘れてなければいいさ」
「いい…って、どういうこと?」
「後は俺がどうにかする。多分今日、初っ端から授業あるし」
「うん、じゃあ宜しく。儀礼的なものとかよく判ってないし」

 それから、時間があまり宜しくないことに気付いて、二人してばたばたと家を出た。その雰囲気が、とても懐かしくて、泣きそうな顔をしていたのを、彼は知らないだろう。

* * * * * * * *

「賀瀬俐咋です。宜しくお願いします」

 ぺこり、と頭を下げて、新しい学校の面々を見渡す。ふと教室の後方で、やる気がないように座る冬哉に呆れそうになった。
 高校のように席が決まっているというわけではなく、まるで大学の講義の様だった。ホームルームがあるからと座る席をどうしようかと思ったら、伏せ目で面倒くさそうに遠くを見ていた冬哉がとんとん、と机を爪で叩いてここに座れと無言で言っている。知らない人の中に座るわけにもいかなかったし、そのまま冬哉の隣に腰を下ろすと教室がざわめいた。
 なんだ、一体何がある。

「或河いきなり戻ってきたと思ったら一体なんなん!?」
「早速目をつけたってわけ!?」
「てめーら勘違いし過ぎ」

 面倒くせぇ、と呟いて頬杖をする。普段こんな顔を見ることはなかった気がする。

「こいつ元々俺の知り合い」
「何ー!?」

 今度は教室全体がどよめいた…ような気がする。ホームルーム出来ないだろうと先生がそのどよめきを静めて、新しい生活が幕開けとなった。

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2008/09/16
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