*05 INTRODUCTION/前編*

 イーザの前には、いつもの服ではないアルトがいた。どちらかと言えば2セクターの友人たちが来ているような、ラフな服装。アルトもこんな服を着るんだ、と驚いた。

「―――まさか、イーザを連れて行くとはね…」

 その声には、呆れすら混じっていたような気がする。

「あんたのお父さんからそう言われたんだもの」
「となると、現実関与が有りになって、存在固定がまた難しくなるんだよな…。あ、存在固定より能力固定のほうが辛いか」
「あの、判らない言語が飛び交ってる。いや言語じゃないね、単語」
「んー何ていうんだろう…。簡単に説明するとさ、俺たちゼフィアにとって、『現実』は向こうの世界なんだよ。それで、その世界に関与することを『現実関与』と言ってる。『存在固定』はそのままの意味で、あっちとこっちじゃ存在の固定の仕方が異なるからどうなるかな、と。それに連動して『能力固定』ってのが出てくるわけ」

 すらすらと、イーザの知らない言葉を並べるアルトに、イーザは首を傾げるしかなかった。

「あー、ごめん、話しても判らないよな」
「うん、全然判らない」

 話がわからない時点で生きてきた世界が違うと感じる。それは本当のことなのだけれど。彼らの言う『現実』と彼女の言う『現実』では全く違うから。

「準備は出来たー?」

 軽いトーンで聞こえてくる声に、アルトが「父さん」、と言葉を紡ぐ。それから、イーザは疑問に思っていたことを創造主にぶつけた。

「…あの、この服じゃなきゃいけないんですか?」

 茶色のカットソーに濃紺のデニムズボン。メイラから渡されたものだ。

「いや、別にどんなのでも良かったんだけど。あの服じゃマズイだけの話」
「あ…そうですか」

 見たことの無い世界、そこに今から行く。この世界の元となった本来の世界―――。そこは、どんな所なのだろう。
 期待と不安が半分ずつ、入り混じる。楽しみだといえばそうだし、怖いといえばそう。

「……『アルト』、先に行ってて。あいつ呼んでくる」
「あぁ、うん、判った」

 創造主が『あいつ』と呼んだのは誰のことか判らない。誰だろう、と考えを張り巡らせると同時にアルトに背を押された。

「ほら、行くぞ」
「あ、うん…」

* * * * * * * *

 案内されたその場所は電子機器の山。いや、どう説明すれば良いんだろう。兎に角、機械だらけだった。

「実は久し振りなんだよな、戻るの」
「そうなの?」
「父さんの代わりにゼフィアの長を長い間やってたからさ。体鈍ってないと良いけど」
「そういうものなの? まだ良く判らないんだけど…」

 説明されてもどうも納得が出来なくて。着いた直後に、激しい疲労感に襲われるかもしれないとは聞いたのだが。

「どうだろうな、人それぞれだし。俺も正直言って、何が起こるか不明。倒れたら宜しく」
「宜しく言われても…」

 困る。そう即答するとアルトが苦く笑った。
 それとほぼ同時に創造主が姿を現す。そしてその後ろにはもう1人、姿があった。その姿に見覚えがあって、名を呼んでしまう。

「メイラ、さん…?」
「この世界ではその名前ね」

 長い緑の髪を二つに結う女性。ここに来るということは、ゼフィアの―――しかも、アルト関連の。

「うっわ母さんのその姿久々に見た」
「物珍しそうに見るんじゃないわよ」
「お、お母さん!?」

 彼女が、アルトの母。よくよく考えてみれば、この両親の髪の色素とアルトの髪の色素は似ている。本当に混ぜて割ったかのような色合いだから。

「イーザ、貴方には日本人としての名前があったわよね」

 唐突にそう言われてどもりながらはい、と答える。するとメイラはにこりと笑って言った。

「賀瀬俐咋。その名前を、これから行く世界では使って頂戴ね」

 日本人の名前を使う。つまりそれは、全く同じと考えても良いのだろうか。

「さーさー、さっさと行きますよーと」

 そんな楽しそうな声が聞こえたと同時、突然の浮遊感にイーザは目を瞑った。

* * * * * * * *

「…ここ、は…?」

 目が覚めて、見回したそこ。そこは、俐咋の家と似ている、日本の一軒家のようだった。

「お早う、俐咋」

 声が聞こえて思わず勢いよく振り返る。そこには、あの『メイラ』が居た。

「えっと…メイラ、さん」
「あの世界ではそうだけど、ここでは唯。或河 唯(あるかわ ゆい)よ」
「日本、人…?」
「元々はそうよ。あの人も、『アルト』も」

 そうか、だからアルトは本名は言えないと言ったのか。彼はこの世界の人間で、あの世界の人間ではないから。

「…『アルト』の本当の名前は、或河 冬哉(とうや)。あの人の名前は、或河 星治」
「皆さん日本人、なんですか…?」
「血筋で言うのであればそうでしょうね。私は本来の姿はこれではないから」

 本来の姿はこれではない。一体どういうことだろうか。

「あの、アル…違う、冬哉、ですよね。冬哉は…?」

 創造主の事は正直どうでも良かった。アルト―――冬哉が気になって仕方が無かったのだ。

「寝てるわよ。ここに着いてから直ぐに自分の部屋に上がって」
「…寝ぼすけめ…」
「丁度良いから起こしてきてくれないかしら? 階段上って突き当たりの部屋だから」
「はい、判りました」

 そうして俐咋は階段を上る。
そうか、ここは或河と言う日本人の家なのか。少しの違和感も無く溶け込めるのはそのせいか。

「………どっちで呼べば良いんだ」

 扉の前に立って気付く。アルトの本名は冬哉だが、俐咋がその名を知っていると彼は知らないはずだ。それならば、アルトと呼ぶのが筋であろう。

「アルトー、起きろってー。起きないなら部屋はいるよー」
「…起き、てるけどー…」

 眠そうだ。そう思いながらドアノブを回して扉を開けた。
何も無いといえば何も無い、そんな部屋。長い間居なかったからだろうか、少し埃くさい気もする。

「唯さんが起きろってさ」
「んー…、判ってんだけど…だるい」
「だるいって」
「時空跳躍久々だからー…。ちょっと手伝ってくれよ、起きるの」
「こんの…っ、面倒くさがりがっ!」

 そう文句を言いながら結局は手伝う。そんな自分が何となくむかついた。

「ふぁ…、まだ眠い」

 そう言って体を起こすアルト。そのアルトの姿に何処か、違和感を覚えた。同じアルトなのに、何処か違う気がして。
呆然と、ただ見てしまった。何処かが違う。何かが―――。

「…何、そんなに俺の事見つめて」
「なんか、アルトじゃない」
「は?」
「アルトなんだけど、違和感があって…」

 そう、その違和感が判らない。

「んー…、あ」

 何かを思い出したように間抜けな声を出すアルト。何か思い当たる節でもあるのか。

「多分俺ね、18歳の姿じゃないと思う」

 そうだ。確か彼は両親に成長を止められていて18歳の姿のままだったのだ。

「―――ってことは、本来の姿?」
「さぁ、それはどうだろう」

 彼の顔を見上げる角度も急になった。18歳の姿ではない彼は何歳の彼なのか、見当はつかないがこうも変わるものなのか。

「…りーさーちゃん?」
「な…ぎゃッ」

 何、と言う前に後ろから抱きすくめられる。―――やっぱり、普段見るアルトじゃない。そう思う。

「『ぎゃッ』、って…。それでも年頃の乙女かお前は」
「アルトが乙女というと凄い寒気が走ります。でもってこの手はなんですか」
「気分」
「うわぁ最悪」

 そう言って裏拳をかまし、すたすたと扉を開けて俐咋はこの部屋から出て行った。

「相変わらず容赦ないー…」

 誰も居ない部屋でアルトはそう呟いて、裏拳がクリーンヒットした顎をさすっていた。

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2007/09/26
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