*03 待ちぼうけ/後編*

「あーちきしょ、上手く行かないと思ったら本体でのウィルスかよ」
「そういって行き成り空間割ってこないで。怖いから」
「あーすまん、もうこれ癖」
「嫌な癖がついたものね」

 ディスプレイから発される明かりが人の姿を映す。それは確かに女性の姿。そして、その後ろに『空間を割って』入ってきた人物が居る。光が当たっていないため、姿が判らないが、声からして男性であるということだけは判る。
 女性からしてみれば、その声の主に会うのはとても久し振りだった。久し振りでも、忘れることなんてない人だった。

「駆除は上手く行きそうか?」
「駆除以前にセクター間の魔力出力が低下中。そっちの体制を整えるので精一杯よ」
「なるほどね…。じゃあその作業一旦中断してくれよ」

 思わぬ言葉に、女性は素っ頓狂な声をあげて、長い髪を靡かせて振り向いた。そこに予想通りの人の姿があって、口元が綻ぶ。だが、彼らに再会を喜ぶ間などなかった。目の前の問題を片づけるので精一杯。

「セクター間は俺が今から繋いでくる。ウィルス駆除を急いでくれ」
「…、了解。無理はしないようにね」
「無理なんて朝飯前だっつーの。昔も今も、俺は変わっちゃ居ないんだから」

 その声が笑った気がした。ディスプレイの明かりに映し出された女性もまた、笑う。
 それから、女性がふと思い出して、別の話題を口にした。

「あの子は今上に居るわ」
「そう、元気にしてるか?」
「元気すぎね。ガイアの子も一緒だけど」
「…へぇ…ガーリシアのねぇ…」

 その含みのある返答に女性も口元を歪め笑う。

「均衡崩れも近いわよ」
「了解。そっちはどうにでもできるさ」

 そう言って、その声の主は、入ってきたときと同じように空間を揺らす。

「あー、戻ってきてバイナリじゃないかもしれないからそん時はよろしく」
「嫌よ。戻すのに何時間掛かると思ってるの」
「あはははは、冗談だって」

 笑い声が響いて、直後空気を切る音がした。その音が聞こえなくなった時、女性の後ろにあった存在は、消えた。

「…まさしくも、待ちぼうけよね、これ…」

 帰って来て早々、居なくなってしまって。何度待てばあの人は隣に居てくれるのだろうか。ふ、とそんなことを考えて、別の気配に、誰にも見えないように口元だけ笑みを形成する。それは厭味など含まれない、純粋に楽しそうな笑みだった。

「あら、意外に来るの早かったわね」
「今、ここに…」
「居たわよ」
「…やっぱり…」
「セクター間繋げに行ったわ」
「…そう、か…」
「また戻ってくるわよ。今度はそんなに長くないうちに」

 キィ、と椅子が回る音がする。椅子が回転した時に鳴る金属の音。この世界でそんなレトロな音が鳴ることは珍しい。

「なぁ、母さん」
「何、冬哉」

 母さん、と呼ばれた女性は暗闇の向こうに居る存在に名で問うた。

「この世界は、保てるのか?」
「そうね…。あなたと、あの人による…かしら」
「あいつは?」
「どうなるか判らないもの。未確定要素は弾き出す方向」
「でも、糧にはなるんだろ?」
「そりゃ、なんたってあの武器が適合しているマスターなんだから」

 まさかあれが適合できるとは。確かにそう、あの人は言っていた。最もあの種類を知るあの人自身が言ったこと。恐ろしい力を秘める武器が適合された者は恐ろしい力を発揮する。それは既に知っている。その既知の事実が偶然か、はたまた必然か。それは判らない。しかし、期待はしてもいいというのは、判っていた。

「捕まえておきなさいよ。あんたの得意分野でしょ」
「そうだけど…なんか実験モルモットみたいで嫌だなーそれ」
「私はそういう生い立ちなんだから仕方ないでしょうが。大丈夫よ、均衡崩しは越えられない因果ではないもの」
「…それなら、いいんだけど」
「そんなに心配ならあんた以外を必要としない状態にまでしちゃえば良いのに」
「ダメだよ。あいつは俺のものじゃないし…俺じゃ…無理だから」
「そ。無理強いは嫌いなのね」

 そう言って女性はディスプレイへ身体を向けなおす。近付いてくる足音がして、呆れたような笑みが自然に零れた。

「どうしたの、そんなに不安?」
「…不安で仕方ないよ。俺は父さんみたいに万能じゃないんだし」
「あの人も万能じゃないわよ?」
「俺にとっては万能に見える」
「そう…それならそのままのイメージでいたほうが良いわ。イメージを崩したら私が怒られちゃうもの」

  あの人はいつのときも誰かに尊敬され、誰かの上に居た。それが当たり前で、それが当然だった。いつしかそれに慣れてしまった自分が居る。

「…悲劇は、収まるのかしらね」

 ぽつり、と呟いた言葉に、隣に来たそれは顔を苦痛に歪めただけだった。

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2007/01/09 - 2007/01/13
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