*03 待ちぼうけ/前編*

「…あぁ!? セクター間の魔力出力が下がってる!?」
「は、はい…。このままでは完全にセクター間を遮断されてしまうかと…」
「まだこっちにゃ2セクターのガキどもが居るんだぞ…!?」

 機械だらけの部屋に、アルトとメイドの数名が居た。アルトはといえば巨大なディスプレイを睨みつけ、それから虚空にキーボードを出現させる。その画面には数値の羅列や、忙しなく動くグラフが映っていた。

「…うわ、マジだ。一気に低下してる…」
「策としては一度こちら側から遮断するのが良いと思われるのですが…」
「んなことしたら相手のどツボだよ。こりゃ急いだ方がよさそうだな…」

* * * * * * * *

「…あー…もう1週間過ぎたー!!!」

 何もしないで時間が過ぎるイライラが募り、イーザは与えられた部屋で叫んだ。誰も聞いていることはないと判っているから、叫べるのかもしれない。

 イライラの原因は、3人の捜索願いが出されてもおかしくは無い頃だということ。母親が何かしてくれていれば助かるが、今の状況を知っているのかも判らない。
 そう思案していると、ふと、扉を叩く音がして、イーザがどうぞ、と言うと意外な人物が姿を現した。

「…よ、お早うさん」
「めっ…ずらしー…。アルトがちゃんとノックして入った!」
「いや、いつもしてるのに気付いてないのお前だから」
「何よ、この間は無断で入ってきたくせにー」
「あーはいはい、あの件は申し訳ございませんでしたー」

 もうその話はやめろと言わんばかりに明後日の方向を向くアルトに思わずイーザは笑う。反省はしているみたいだと判ると、そこまで悪い奴でもないんだと、アルトに対してイーザの中で変化が起こりつつあった。

「しかし、まぁ…本当意外だなぁ…」
「意外言うな。俺だってこう見えても一応礼儀は弁えてるんだぞ」
「自分で一応って言ってる時点でどうかと思うよ」
「その辺りは…あえて気にするな、流せ」
「いやいやー、妙に気になるんですよそういうの」

 そういうと、気にするなっつーの、とアルトが呆れながら返した。意外とこういうことでからかえそうだ。

「つーか、戯れてないでさっさと本題入りたいんだけど良いか?」

 まったく、と呆れているように装いながら、話を持ち出す。ただ驚かせたり意地悪をしに来たと言うわけではないようだったから、何かがあるとは思っていた。

「聞いて驚け。2セクターに帰れるかもしれない」

 その事実にイーザは動きを止めた。今、2セクターに帰れるかもしれないと確かに彼の口から出た。驚きと嬉しさが込み上げてきて、やり場がなくなった感情が今にも暴れ出しそうだった。そうして糠喜びするイーザに釘を刺すようにして、言葉を付け足す。

「…ただ、帰れるかどうかはお前の魔力に寄る」

 即答でどういうことだと返すのが精一杯。その言葉の意味が判らなかった。自分の魔力がかかっている、とは一体どういうことか。

「なーんか知らんが、俺の魔力が弾かれるんだよなー…。で、まず謝っておくが、お前の魔力をちょっとばかし拝借したんだ」
「…へぇ…私の魔力をねぇ」

 いつの間に借りたのだろうか。疑問が生まれるが、帰れるということが判ったのだから、気にしないで置くことにした。

「それでだな、その魔力を2セクターで受け取ってもらうことにしたんだ」
「受け取るって、誰が? 2セクターのマスター?」

 他のセクターのマスターが2セクターに行けているのかどうか判らない。しかし他のセクターのマスターが受け取ると言う可能性も少なくは無い。
  イーザの予測は間違っていなかった。アルトの口から、ジアルアーヴマスターのケーヴェンに受け取ってもらうという言葉が出た。ケーヴェンは2セクターマスターズの中で最も強い。彼は古くからデスマスターとしてゼフィア一族に仕えるジウィリブ家の現在の長。それだけゼフィア一族に信頼されている一族の長でもある。

「で、その結果が…成功だったんだね?」
「そうだ」

 あのケーヴェンが受理できるのなら問題は無いと思う。

「だから俺の魔力じゃ通過は不可能だが、お前の魔力なら通れる。弾かれないのは、多分…元より2セクターに属していたからだろうけど」

 つまり、自分の魔力さえもてば戻ることが出来る、ということだ。

「今日、今からってなると色々厳しいだろうから、明日ぐらいに、と思ってるんだが…」
「いいんじゃないかな、それだったら今日中に色々準備できるだろうし」
「じゃ、決定だな」

 帰ることが出来る…。そう思うだけでも、心が弾んだ。元の世界に、2セクターに、帰ることが出来る。それは、私よりも彼らに伝えるべきこと。彼らは私と違って、本来踏み込んではいけない世界に踏み込んでしまった人たちなのだから。

* * * * * * * *

 ゼフィアの館に本来居るべきではない人間たちが寝静まった頃、2人のデスマスターが中庭で月を眺めながら会話をしていた。今夜の議題は、3人の人間の記憶処理について。

「…残念だが、記憶は消させてもらう」

 夜空に消えるように響き渡るアルトの声。その声がいやに耳に残った。

「いいよ、別に。本来そうするべきなんだし」
「けど…お前は…」
「いいの。私自身をあいつらの記憶から消してしまえば、私はデスマスターとして暗躍できるから」

 これから何の心配もせずに、暗躍することができる。彼らがイーザ―――俐咋という存在自体を忘れて、元々いなかったとすれば、彼らが心配することはない。こちらが心配してしまうことはあっても、彼らに記憶がないことを思い出して諦めるだろう。
 諦めるしかない。ここまで巻き込んでしまった彼らに、この騒動のことを残したままにするわけには、いかないから。

 そんな会話を夜中にしていたんだと、寝ぼけ眼で覚醒しきっていない頭が考えていた。小鳥のさえずりで、ゆっくりと脳が覚醒していく。最後の日がこんなに爽やかで良かったかもしれない。

「……帰る日、か」

 イーザも形式上は帰ることになる。しかし彼女という存在をマコトたちの記憶から消し、デスマスターとして動くことは…帰ることではない気がする。2セクターに戻っても、また直ぐにこの騒動の当事者としてゼウスに戻ることになるはずだから。もしかしたら、2セクターには戻らないかもしれない。

 扉を叩く音がして、扉を開ける。その向こうには、マコトの姿があった。

「…俐咋…」
「ん、判ってる。みんなもう揃ってるんでしょ?」
「まぁ、そうだな」
「まだ早朝だって言うのに、早いなぁ」
「急がなきゃならない理由があるらしいよ。アルトが言ってた」
「…急がなきゃいけない理由、ねぇ…」

 その『急がなきゃいけない理由』という一言だけで、色々考えることは出来る。マコトのような一般人とは違う領域にいる存在であるが故、人間には言えないこともあるのだ。

 マコトに案内されて、階段を幾つも上がる。大きな扉を開けると、そこには最近になって見慣れた暗緑色の頭―――アルトがいた。マコトを先に行くように促して、アルトの向こうにあった扉が閉まるのを確認すると、イーザに語りかけた。

「程よく緊張?」
「いや、寧ろガチガチ。結構…怖いね」
「その緊張、程ほどにな。あいつらにまで焦りが伝わったらどうしようもない」
「うん、判ってるよ」

 その言葉を最終確認として、アルトが自身の向こうにあった扉を開く。その向こう、部屋の中には見慣れた幼馴染の3人がいて、もう会えなくなるのかもしれないと思ったら、泣きそうになってしまった。ここで涙を流す理由なんて、彼らには判らないのだから、いつものように振る舞わなくては。

 意識を集中させて、扉を開ける。アルトの補助もあって、問題なく扉を開けることが出来た。それがスムーズすぎて、本当にいいのかと怖いくらいだった。

「よしっ、ほら通った通ったー!」
「帰るぞー!」
「帰れるぞー!」

 足を踏み出す彼らを後ろから見送る。そう、これが―――。

「……………ばいばい、みんな………」

 最後の。

「元気でやれよ―――!!!」

 そう、イーザが口にしたとき、マコトは、今ここで、彼女は自分達と別れると言うことに気付いた。思わず手を伸ばしたけれど、何もその手には掴めないまま―――虚空へ落ちてゆく。

「り…っ、俐咋ぁああああああああああっ!!!」

 そのマコトの声が…、耳に残って消えなかった。あの悲痛な叫びが、頭の中で木霊する。
 扉が閉まって、マコト達の姿が、声が、見えなく、聞こえなくなって、イーザはその場に座り込んだ。

「アルト…っ、わた、し…っ私…っ間違ったこと、してないよね!? 合ってるんだよね!? こうして別れて…良かったんだよねぇ…っ!?」

 良かったんだよ。そういって欲しかった。間違ってないんだよ。これが…正解の、答えなんだよって、言って欲しかった。

「…あぁ…、お前は…本当に頑張った。間違ってなんか、ないさ」

 その言葉がどんなに癒しの声に聞こえたか。有難う、有難うとイーザは何度も声に出して言った。だけれど、涙は止め処なく溢れ続けていた。

「…落ち着くまで、泣いてていいさ。ここには誰も来ない。誰にも、聞こえないから…」

 その悲しみが消えるまで、お前の傍に居てやるから。だから、思い切り―――泣いてしまえ。

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2007/01/09 - 2007/01/13
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