*02 出発の駅へ/後編*

『まったく、普通の子をからかうんじゃありません』
「いや、つい…母さんが言うくらいだからどんななのかと思ってさ」

 暗い部屋の奥で、声だけがした。

「結構、期待は出来そうだけどね」
『とりあえず、貴方はあの人が戻ってくるまでそうしていればいいから…』
「判ってる」

 心配性だからね、母さんは。

「じゃぁ、またね」
『えぇ、また』

* * * * * * * *

「…しかし暇だね」
「同じく暇だ」
「確かに暇だよねぇ…」
「そう言いながらトランプしてるのもおかしいよな…」

 熾音からイーザがトランプを引き、イーザからマコトがトランプを引き、マコトから冠南がトランプを引く。そして、冠南から熾音がトランプを引こうとしたその時、扉が勢い良く開いた。それに誰もが顔をしかめる。

「来たよ、自称ゼフィアの長が」
「うわぁ自称つけられたよ。長なのは事実なのに」
「どっちでもいいよ」

 睨みつけるように一度見て、イーザはまたトランプに視線を落とした。それから熾音が、アルトにその自称長が何をしに来たのかと尋ねた。アルトは自称長と呼ばれたことに一度溜息を出して、話を続けた。

「今の状態の話をデスマスターにするために招集かけたんだよ。で、デスマスターのイーザにご出席を願うべくね」

 勿論デスマスターではない君らはお留守番だけど、と言われてマコトの顔が微妙に歪む。彼らは人間なのだから仕方がない。ここから先は人間が立ち入るべき場所ではない。このゼフィアの館があることや、デスマスターと言う存在がいるということ自体人間が知るべきことはないのだから。

「隅から隅まで話してもらえるの?」
「こっちの調べた範囲で、だけどな」
「判った、出席するわ」
「もとよりデスマスターはほぼ出席しなきゃならないんだけどねー」

 アルトはあーあ、と呆れているように手を広げていたが、ふと思い出したように口を開いた。

「今回は転送のルートが確定できなくて、実体が無いマスターも何人か居る。2セクターのシーランに至っては、今だアナザーの中だしね…。彼女の件については、最悪の事態は考えておいて」
「判ったわ」

 じゃあ言ってくるね、とイーザが言うと、3人は笑顔で『いってらっしゃい』と送り出した。

* * * * * * * *

『あぁ、イーザ生きてたか』

 声がして誰だか判った。2セクターのデスマスター、ケーヴェン・ラーだ。彼を見ると向こう側がうっすらと透けて見えている。実体がないということが直ぐに判った。

「やっぱり2セクターの残りは実体なし、ね」
『お前はどうやら別のセクターにいけたらしいな』
「えぇ、なんとか」
『シーランのことは判るかいな?』

 別の声がして後ろを向くと、同様に実体の無いイオティエーの姿があった。アナザーに放り出されたらしいと伝えると、また別の声。今度はオーヴァニア。彼にも実体がなかった。

「とりあえず、無事そうで何よりだわ」
『そっちもな』
「おぉ、そっちは2セクターの方々」

 一つだけ実体のある声。しかしこの声は、最近聞いた声。ここに来る前に世話になったラインだった。イオティエーが誰だったかと思い出し、ラインであることを当てると、正解、と笑ってみせた。

「なんでも今日は重大発表があるとかで無理やり電子ルートだけ確保したらしい話は聞いた。だから1と2セクターも電子ルートで無理やりに参加させられてるとか何とか」
『重大な話なら尚更だな』

「お集まりいただきまして有難う御座います」

 考え込んだオーヴァニアの声をかき消すようにして、一つ、肉声がした。それと同時に場が暗転した。そして、この声は、と途端人々のざわめきが止まる。

「各セクターで最近、居ないはずの魔物―――外来種とでも呼ぶべきか魔物が現れている報告を受ける」

 イーザが不思議に思った。これは、電子を通していない声。肉声だ。つまり、彼は今日―――この場で姿を曝す気なのだろうか? まさかそんなことはないだろうと思いたかったが、有り得る話かもしれないと思った。そんなイーザの表情を見てラインがどうかしたかと聞いてきた。 何でもない、と返して、肉声の主がいるであろう場所を見つめ続けた。

「外来種はデスマスターの能力を持ってしても完全に倒すのは不可能だ。その場合は直ちに住民の避難を優先しろ」

 今はそれが最善。それしか方法が無いのだ。デスマスターにも出来ないことに無理にチャレンジして、消えていかれても困る。新しいデスマスターを決めるのも一苦労なのだ。

「また、何者かによって閉鎖された2セクター。ここは現在ゼウスの保護が無い限りは立ち入りが出来ない。ゼウスの保護があっても弾かれる場合もある」

 その言葉にデスマスターがざわつく。無理も無い、ゼウスの保護ですら弾かれるなんて異例なのだから。

「2セクターのオーヴァニア、イオティエー、ケーヴェン・ラーが会場に居るには居る。しかし実体は持っていない」

 その言葉に2セクターのマスターは深く頷いた。ゼウスの保護を受けた使者がマスターの傍に居て、ようやく写し身の状態で居るのだから。

「2セクターには間違っても行こうとしないように」

 特にイーザ。なんて声が聞こえたような気がした。

「で、今日のメインなんだが」

 またざわめきが起こる。先ほどまでの事柄がメインではなかったのか、と。

「既に気付いてる者も居ると思う。私が今この場で実際にしゃべっていると言うことを」

 巻き起こっていたざわめきが増した。今まで姿を現さなかったゼフィアのマスターが今そこに居るのに、ざわめかないほうがおかしい。
 パッ、と灯りが付いた途端眩しくて、イーザは思わず目を細めた。

「毎回ながらお集まり頂き感謝。ゼフィアの長、アルト・ゼフィアだ」

 そう、彼の口が紡いだ。それと同時、歓声の様な罵声の様な渦が起こる。

「私の姿に賛否評論するのは後でにしてくれ。何かの時に知られて無いと困ると思ってこういった処置をしただけだ」

 間違っても暗殺しに来ないように。そう言うと会場の中にどっと笑いが溢れた。しかし、イーザの隣に居るラインは動きが止まったままだった。

「あんた、あの時アルト・ゼフィアに会ったんでしょ」

イーザが言葉を向けると氷が解けたかのように動く。

「あ、あぁ…。敵だと思っちまって…一瞬でボコされたんだが」
「表現が悪いんじゃない? 正確にはただ気絶させただけみたいな話し振りだったけど」
「…それで、お前らはあいつに連れて行かれたと?」
「そうね…。私の願いは私の友達を助けて欲しい、ってことだったから」

 だから助けてもらったわ。そう言うと、ラインの表情が一瞬ばかし、曇った。どうしたと聞いても彼は顔を横に振って何でもない、と一点張り。

「それ以上は追求しないのね? 今はどのセクターに居るとか、あいつらはどうしたとか」
「聞かなくても何となく想像が付いてる。お前、アルトが出てきても全く驚かなかった」
「肉声になってる時点で正体をばらすんじゃないか、と思ってたわよ。でも、あれがアルトだと知ったのはここに来てから結構、後だった」

 彼が来た時はゼウスの遣いだと思っていたから、まさか長だとは思うまい。イーザ自身もそうだとは全く思っていなかった。

「―――で、二人とも、何時までそこで話しこんでるつもりだ」

 突然声がして、ラインは驚きのあまり後ろに下がった。その反応に、声をかけた人物が呆れる。

「何だよ、人を勘違いして攻撃しかけてきたくせに」
「…傍から見ればあからさまに怪しかったんだから、仕方が無いと思いますけれどもね」
「イーザ、何気なく鋭いのな、お前」
「だからラインが勘違いするのも判らなくも無いわよ。あれだけ怪しいんだもの」
「オイ俺はそんなに怪しいかコラ」
「あぁ、十分に怪しかったわよ」

 ラインの入る隙間がない。彼らの抑え込まれた口喧嘩に、ラインはどうすればいいものかと模索する。そして周りを見て気付く、自分達以外に誰も居ないのだ。既にマスターは各セクターへ戻った後らしい。

「じゃ、俺も3セクターに帰るぜ。イーザは?」
「想像付いてると思うからその辺り補完でよろしく」
「…その想像を確定したくは無いが、了解」

 その言葉と同時、ラインの姿は消えた。その彼の顔は、やはり曇っていた。その意味を急かして追求しようとしても、彼は答えてくれないだろう。もし話してくれる時が訪れるのなら、その時に聞いてみよう。

 デスマスターが全員居なくなって、イーザは広場を見渡した。いつも来ていた場所だが、こんなに広い場所だなんて思わなかった。それを言葉にすると、ある意味じゃ宴会みたいなもんだ、と言葉が返ってきて笑ってしまった。例え方が宴会だなんておかしすぎる。集会であることに変わりはないのに。

「さて…、やることも無いから部屋でも戻れよ。夕飯の時にまた呼ぶ」
「うん、判った」

 イーザの短い返事を聞くと、アルトは空間に溶け込むように消えていった。

「…やっぱ、人とは違う感じたっぷりよね」

 その光景を見てしまったからだろうか。余計にそう思えて仕方が無い。
 とりあえず、考えるのをやめて部屋に戻ることにした。まだ彼らのトランプゲームは続いているのだろうか。それとも、談笑しているのだろうか。どちらにせよ、この世界に慣れてくれれば幸いだと思っている。

 彼らが本来居るべき世界に戻れるまで、ここで過ごすことになるのだから―――。

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2007/01/09 - 2007/01/13
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