*02 出発の駅へ/中編*

「まさか…、本気で通ると思ってなかったのか」
「勿論」

 直ぐに却下されると思っていた。世界の管理者が管理する世界の一つにしか過ぎないのだから、非常事態でも却下されることだってある、とイーザが言うとそれもそうだな、と青年は苦笑気味に言った。

「ゼウスへの願い…って何か、言ったのか?」

 そう問うマコトに、イーザはにししと笑った。別に悪戯をするわけでもないが、願いが届いた嬉しさがむず痒くて、そんな反応しかできなかった。

「それであんたが迎えに来たの?」
「まぁ、半分当たりで半分間違いかな。こっちの世界のセキュリティ弄りに来たのも事実」

 そういうなり青年は、空間に手を突っ込んだ。それに、マコトたちは驚きの声を上げる。彼らからすれば腕が途中で切れているのと同じように見える。それが有りえなくて驚かずには居られない。
 ずぼっ、という効果音が正しくも似合う勢いで、青年はこの空間に己の腕を戻す。この空間にあることを確認するかの様に肩を回しながら、何をしたかをご丁寧に説明してくれた。

「防壁クラスAAに移行…っと。こうすれば大概のイレギュラーは弾けるだろ」
「…つまり、あんたはゼウスの中でも高位クラスなんだね」
「あぁ、判る人には判るねー…やっぱり」

 そういった青年の顔は一瞬ばかし曇った。しかし直ぐに元の顔つきに戻る。

「てーわけだから、イーザご一行ゼウスに送還ね」

 ゼウス?と冠南が首をかしげる。知らない単語ばかりで理解するのも一苦労のようだ。それに気づいて、青年が簡単に俗の宇宙だと説明した。するとマコトが、天体好きのイーザの原点かと言うものだから、イーザは笑ってしまった。それは違う、絶対。

「仲がいいのは宜しいが、喋ってると舌噛むかも知れないから黙っといた方がいいよー」

 にこやかに青年が言ったと同時、イーザに連れられたのと同じような感覚に陥った。

* * * * * * * *

「…ここは、どこ」

 冠南の声が聞こえた。

「ちょっと急ぎすぎたかなー」

 青年の声もする。

「おーい、イーザ起きろー」

 この声…マコト?

「気を失ってるだけなんじゃないか?」

 熾音…?

 あれ、私、起きてないの?
 寝てるの…?

 起きている、はずなんだけどなぁ…?

「…起きろ」

 その声と同時、パンッと何かがはじけてイーザは目を覚ました。視界がはっきりして直ぐに判ったのは青年。見えるその顔は、呆れている。その向こうに見えるマコトたちは、驚いた顔をしている。

「デスマスターがそんなでどうするんだよ」
「あはは…すみませーん」
「着いたよ、ゼウスに。但し、いつもデスマスターが集まる所じゃないけどな。ゼフィアの住み処、ゼフィア一族とゼフィアに仕える者が住まう所」
「えーと、それって普段デスマスター立ち入り禁止だと思うんですけど気のせいですか」
「気のせいじゃないねぇ」

 けたけた笑いながらそう言う青年に、イーザは『普段立ち入ることが出来ない場所にいる』ということが、どうしても悪いことをしているような気がして慌てる。しかし、青年は悪びれも無く言う。

「んなに心配することはねぇって。ゼフィアの長の許可が無いデスマスターは立ち入り禁止なだけなんだから」
「ていうかそもそもゼフィアの長が居るのか自体不明にされてんですがどうでしょう」
「どうでしょうって聞くなよ俺に」

 デスマスターの間ではゼフィアに長は居ないとか、他の世界の者だとか、色々な憶測が飛び交っている。実際、ゼフィア一族に会った者が現存していないというのもその理由の一つである。

「ちゃんとゼフィアの長は居るよ。なんたってこの俺が言ってるんだし」
「そもそもあんたの存在自体不可解だよ」

 マコトが言うと、それもそうだそのうち嫌でも判る、と苦笑しながら彼らに言う青年の顔は悪戯染みていた。それが何か気に食わないのだが、仕方ない。ここに居る間はこの青年に従うしかないだろう。

「さーて、ゼフィアの長に面会の必要は無いんだけど、それでも会いたい?」

 特にイーザ。そう言われてイーザはむっとする。デスマスターとしては気になって仕方がない。ゼフィアの長が存在しているのかどうかも判らないと言われているのだから、いるのなら拝見してみたいものだ。
 その旨を伝えると、にっこり笑ってついておいでと言わんばかりに手を振る青年に、4人は後をついて行った。

 青年についていくと、長い長い回廊と幾重もの扉が現れる。それを抜けて行って、漸く到着した広間。そこには―――。

「って誰も居ないじゃん!!!」

 イーザの叫び声は最もだった。誰一人とその場所には居ない。長が居るべきであろう椅子に、長は居なかった。
 ゼフィアの長がいると言うのは、やはり嘘なのだろうか? そう思ってイーザが立ち尽くしていると、青年が行き成り「問題です」、とイーザに問うた。

「俺は自分の名を諸事情で名乗れません。そして長に面会が必要ないと言いました。さて、何故でしょう?」

 その問いに誰かが答えるよりも先に、彼は長が座るべき椅子へ腰を降ろした。

「答え。俺がゼフィアの長であるからだ」

 その言葉に、息をするのを忘れそうになった。目の前にいるこの青年が、ゼフィアの長だというのだ。嘘にも程がある、と返すと自嘲気味の笑いが聞こえてきた。

「諸事情でいえないと言った俺の名はアルト・ゼフィア。本当かどうか知りたければそこいらのメイドにでも聞けば? 基本的に姿は曝さない、だから疑われるのが普通。慣れてるっちゃ慣れてる。まぁ、そういうわけだ、イーザの願いはしっかり届いてるわけだよ」

 彼らを保護して欲しいという願いは、世界の長に届いている。本人がわざわざ迎えに来たのだから。

* * * * * * * *

 ふかふかのベッドの上で独り言を呟いても、聞いている人なんて居ない。それをいいことに色々な事をぼやいている本人であるイーザは今、ゼフィア一族の館の中に居る。マコトたちもそれぞれ個室で時を過ごしているはずだ。

「…しかし凄いって言うか怖いって言うか」

 ゼウスに来て驚かされたことが一つある。マスターの保護を解除しても一般人が過ごしていられる空間なんてそうそうない。このゼウスはその珍しい空間の一つだということだ。

「体調は?」
「あぁ、まぁまぁ…って、いつの間に…!?」
「ちゃんとノックはしたんだけどね、俺は。気付かなかったのはイーザだろうに」
「何用で御座いましょうか、アルト様」

 様、だけ妙に強調してやると、アルトの顔が一瞬にして不快な表情になった。昨晩、彼が様をつけて呼ばれるのは好きじゃないと言っていた。だから厭味を込めてわざと言ったのだ。

「そりゃ…、確かにショックは大きいだろうけど…何もそこまでどん引きしなくても」
「するって普通」

 アルトは外見的に言えばマコト達と変わらない。マコト達より少し上に見えるぐらいなのに、ゼフィアの長―――世界を治める長であるというのだから、驚きだ。

「あーもしかして俺の年齢気になってるとか」
「外見と違うとか有り?」
「結構」
「年齢詐欺だ」
「外見的にはマコトや熾音と変わりはないだろうけどね。まぁ、人間は…日本人は高校生中盤ぐらいになれば大人と変わりないし、同じようにも見えるさ」

 尤も…、俺の場合はそうではないのだけどね、と呟くと、イーザが追求する。そうではない、とは一体どういうことなのだろうか。

「俺の場合、成長を強制的にストップされてる。だから実年齢はお前らの世界で言うなら20代ってとこか」
「うわぁあー…」
「何だよその非難の目。哀れんでくれたっていいだろ。俺は親が親なもんで力が強すぎんだよ。だから強制的に成長止めてんの」
「それって、逆に魔力の暴発になるんじゃないの?」
「単に止めるだけならな。その有り余った魔力は俺の両親が別に封印してる」

 古参のデスマスターで、強い力を持つと言われている一族でも、成長を止めるなんてことはデスマスターの一族には出来ない。やはりゼフィアは、他のデスマスターと違うのか。

「俺の親は誰にも教えられないから会いたいとか言うなよ」
「言わないよ。言ってどうする」
「好奇心が揺れ動く?」
「聞くな」

 こうやってやり取りをしている限りでは同い年と見てもおかしくは無いのに、目の前の男はこれで20代だという。20代だと思えない。この世界はおかしな世界だ、とイーザは心の中で呟いた。呟いてから、そこに生きている自分もおかしいということになると気付く。デスマスターと言う存在が当たり前になっているイーザはやはりおかしいのかもしれないと自分で思った。

「ゼフィアが神の一族って呼ばれてる理由って、あんた判ってるの?」
「残念ながら、それは俺がどうこう言えるものじゃないんだな。俺自体は神に値する力は持ってない。持っているのは俺の両親。お前には想像つかねぇよ、うちの親は」

 そう言うアルトの視線は何故か明後日の方向。それから察するに嫌な思い出の方が強いのかもしれない。

「そもそも、お前らデスマスターが言うゼフィアなんて一族は本来存在しない…ってことだったらどうする?」
「そう言うなら逆に聞くけど、そのアルトって名前は本当の名前じゃないの?」

 イーザの質問に、アルトが面食らった顔をする。それに気付くとは思わなかった、という顔。つまり、アルトという名前は本当の名前ではないということだ。
 アルトは苦笑しながら、その名前はデスマスターの長として君臨する為だけの名だと説明をしてくれた。それはいうなれば、自分を縛るレッテルのようなものでもある。デスマスターとしての名前は、本当の名前が関係しているとも言ったが、そこまでは教えてくれなかった。

 親がつけた本当の名。親がつけた偽物の名。彼にとってそれはどちらも大切な名前なのだけど、今は、もう両親に呼んでもらっていない。そう話すと、イーザは聞くのが申し訳なさそうな表情で両親はこの世から居なくなってしまったのか―――亡くなってしまったのかと聞いた。

「いや、生きてるよ。母さんはちゃんと生きてるけど、父さんは…ちょっと行方不明。行き先は判ってんだけど、期間が不明だからいつ帰ってくるか判らない」

 帰ってこれないという理由が笑えるものだから、彼にとってそれは仕方が無いと言えばそうなる。彼自身は、それには触れたくないらしく、話そうとはしない。話を打ち切るように両親はゼフィアに居ないとまで言った。
  そこまで話を聞いていて思うことが一つあった。ゼフィアの後継ぎはいないのだろうか? 問うと居ない、と即答された。

「それでいいの、あんたは?」
「いいのか、って聞かれるとまずいんだろうけどさ…。普通の人じゃ相手にならんの。俺の力が強すぎて無理だから」
「じゃぁデスマスターから選べば?」
「バカ。そうしたらデスマスターの家の数の均衡が崩れるだろうが」
「あ、そうか…」
「俺の力に潰されないデスマスター以外なんて皆無に等しい。例え居たとしても俺の好みじゃなきゃ嫌だし」

 好きでもない人と一緒になってもなんとも思わない。寧ろ嫌だろう。アルトはその自分の力が相成って相手のレベルすら高くしてしまうのだ。

「あー、もー本当腹立つわ、自分に」

 どかっと椅子に反対向きで座ってそう言う。それがストレスになっているのは間違いないと思う。

「せめても少し力が弱ければそこいらの娘誘惑しにでも行ったのに」
「そんなに自分に自信がお有りですか」
「残念ながら結構ありますけれども?」
「へぇえええ」
「明らかに疑ってんなこの小娘」

 がたん、と椅子を立つその姿はまるで殺気の塊。まずい、下手したら殺される―――そう思ってぎゅっと目を瞑った。だがしかし、何も起きない。不思議に思って目を開けた途端視界が暗転した。

 上に見えるは天井。背はベッド。

「殺すとでも思った?」
「…思った」
「じゃ、何すると思う?」

 つ…、とアルトの指がイーザの首筋をなぞる。

「や、…っ」
「ちょーっと腹立ったから弄ってやろうかねぇ」

 そのとき扉の向こうから、ノックとともに扉を開ける音がした。その扉を開けたマコトは、その光景を見て直ぐに駆け出した。

「っ、俐咋っ!」
「おやおや、王子様ご登場、か…」

 そう言ってイーザの上から退くと、そのままマコトの横を通り過ぎようとする。マコトに睨まれたまま、部屋を立ち去ろうとして足を止めた。

「ま、ちょっとした冗談だから気にすんなー。イーザでも俺の魔力には耐え切れそうに無いからね」
「どういう…っ」
「俺の魔力は強すぎてそこらの女じゃ耐え切れずに死ぬの。適格者が居ないから未だに奥さんいないんですよ俺はね」

 あーあー、もう22になるのになー。そうぼやきながらデスマスターの長は部屋を出て行った。

「…俐咋…何も」
「大丈夫…何もされてないから」

 それよりも気になることが一つ。マコトが『俐咋』と呼んだことを、アルトは全く不思議に思っていなかった。2セクターのデスマスターがデスマスターの名前を教えないということを知っているから、だろうか。

「…ったく…あの男、訳判んねぇ」
「マコト達とも、私とも、生きてる世界が違うからね…あいつ」

 デスマスターの長。世界の管理者。それゆえか、あの性格。

「ごめん、もう少し…寝るね…」

 そう言って、イーザはまた、夢の世界へ旅立った。

Back | Next
> Top <
2007/01/07
Copyright © OzoneAsterisk All Rights Reserved.