*01 知らない世界/中編*

 飛ぶ先は、1セクターのどこか。1セクターは元々魔法使いが住まう世界。だから、安全だ。
 ヴン、と時空が揺れて―――そう判るのは俐咋だけだが―――、4人の姿が光から形成される。形成されて間もなく、俐咋がその世界を目にして動きを止めてしまった。

「嘘……っ!?」

 俐咋の驚いた声に、未だに何が起きたのか良く判っていない3人は顔を見合わせてから俐咋に問うた。だが、俐咋から帰ってくる言葉はなく、ただ茫然とした声音がむなしく響き渡っていた。

「ここ…1セクターじゃない…!!!」

 風景を見て、直ぐに判った。ここは、望んでいた1セクター…魔法の世界じゃない。1セクターへ飛ぶことを望んだのに、1セクターへは飛べなかった。
  ここは、俐咋たちが住むより下の階層、3セクターだ。

「…1セクターだったらまだゆっくりしていられるかと思ったけど…3セクターじゃ…」
「なぁ、俐咋、さっきから何ぶつぶつ言ってんだ…?」

 心配になって、俐咋に何度か声をかけているが、まったく彼らの声が届いていない。けれど、俐咋が焦っているのは判っていた。しばらく待っていると、ようやく3人に向けられた言葉は、「ごめん」。その一言だけだった。
 その言葉に、冠南が間抜けな声を出す。無理もないことだ。いきなり「ごめん」と言われても、何が起きているのか判らないから。

「―――、『普通の人』を連れて時空を超えて来るとは、お前相当の馬鹿だったみたいだな…」

 4人しかいなかった空間に、突然別の声がした。その声は、どこか呆れているようにも聞こえた。俐咋はその声に聞き覚えがあった。忘れもしない声で、懐かしい声。外見こそ違うが、考えている人物に間違いはないだろう。

「…ライン…、ルインティエン」
「ドンピシャリだ。良く覚えてたな」

 悪魔のような羽根を持つ、紫色の髪の男。名前をライン・ルインティエンと言い、3セクターのデスマスターであり、このセクターを取りまとめる役を担う者でもある。彼とはイーザとしての付き合いが長い。彼の家もガーリシア家と同じく、古くからあるデスマスターの一族である。
 マコト、熾音、冠南の3人はただ立ち尽くしていた。3人の知らない名前。3人の知らない世界。この世界では、俐咋だけが頼りだった。

「…で、何があったんだ?」
「…2セクターで1セクターで以前起きたような時空の歪みが観測されたのよ。そのあと、家に戻ったら家の中にあったの、歪みが。しかも私じゃなくて彼らを狙ってきたの。だから、1セクターに飛ぼうとして…ううん、1セクターに確実に飛んだの」
「…途中で道を曲げられたんだな、誰かに?」

 付き合いが長い上、3セクターのマスターズを取りまとめる役を担うだけある、と俐咋は心底感心した。俐咋が全て説明する前に答えを導き出した。

「仕方ないな、とりあえず俺の家にでも篭ってろ。どんだけ力を消費したかしらねぇけど、そのままだとお前確実に倒れるだろ。ここ、お前の世界ほど保護ないし」
「…道理で…、辛いわけ…―――」

 ふっ、と俐咋の意識が遠のいた。それに3人は慌てたが、ラインと呼ばれたその男が倒れかけた俐咋を抱えていた。

「…おら、さっさと行くぞ。お前らのせいでこいつに負担が掛かってんだから」

 着いて来い、といわれて、ラインを信じて彼らは着いて行った。

* * * * * * * *


 目が覚めて、ぼうっとしたまま視線を泳がす。見慣れない家、ここはどこかと考えていると、声がした。

「…よぉ、起きたか」
「…ライン…」
「お前の連れが心配そうにしてたぞ。一通り事情は話しておいた」
「有難う、助かったわ」

 面識のあるデスマスターの守護地域で助かった。保護してもらえた上、事情説明までしてくれる何て、それなりに仲の良い知り合いじゃなければ、こんなことしてくれないだろう。

 起き上がろうとして、無理をするなと静止される。大丈夫だと言って起き上がろうとしたら、全員を保護していることを指摘されてしまった。普通の人間3人をこの世界に適用させるために保護膜を張っているのだが、俐咋にとって、3人にかけている保護の種類は、3人という数が限界にも近い数なのだ。

 ラインは呆れ返った溜息を吐き出し、扉を開けて3人に声をかけた。

「お前らの姫さんがお目覚めになすったよー」
「誰が姫よ」
「り、俐咋さぁああ!!!」

 がばっ、と勢い良く冠南が飛びついてきて、かろうじて立ち上がっていた俐咋は思わず後ろに倒れそうになる。それを後ろでラインが支えてくれる。

「…有難う、ライン」
「お前、まだ本調子じゃないから仕方ないだろ。なんなら2セクターに戻る手立て、やっとこうか?」
「出来れば1セクターに行きたいんだけど、それって可能?」
「判らん。2セクターから1セクターにいけなかったくらいだから…」
「…無理はしなくていいけど…。2セクターも無理ならとりあえずゼウスに繋げる事ができるか試してもらえる?」
「了解。あぁ、あと1時間もしないうちにリファーレが来る」

 デスマスター全員の名前など覚えていない。辛うじて家名くらいは覚えている。リファーレという名前で姿が想像できるデスマスターがいなかった。ラインに純白の有翼人だと説明されて、ようやく理解する。3セクターデスマスター、オプリティーン一族の長だ。

 こうして進んでいく会話に、3人は介入することなんて出来なくて、ただ聞くことしかできない。ラインから聞いた話だとここは彼らにとって別世界であるそうだ。だけれど、この世界自体は全てが繋がっている。階層分けされているのだと説明された。

「…難しいよ、頭パンクしそうだ」
「マコト、今は何も考えないでおこう、考えると余計に訳がわからなくなる」
「熾音に同意…。考えないことが最善だよ」

 異世界なんてものを信じていなかった彼らには、今は何も考えないというのが最善の策だった。

* * * * * * * *

 暫くして、俐咋がまた倒れ、ラインに運ばれて姿を消してしまう。
 3人は何故俐咋が倒れるのか、今一理解しきれていないでいた。自分たちを保護しているから、と説明されたが、保護というものが一体何のことなのかが判らないでいる。

 それから数十分後、1人の来訪者が現れた。その来訪者は、白き羽を持つ天使のような青年だった。だが、恐ろしい形相で現れたため、座って談笑していた3人はただ困惑していた。

「…イーザは居ますか? 居ますよね?」
「あの、イーザって…誰なんですか?」
「……、失礼、貴方方には関係有りませんね。ライン!!」

 白き羽根を持つ青年は冠南の問いに耳を貸さず、部屋の奥にいる家の主を呼び出す。その声に、扉を開けて入ってきたラインの顔は至極呆れていた。

「さっきから表で騒いでると思ったらやっぱりお前かよ…」
「イーザは?」
「今は寝てる。力の消耗が激しいんだよ。そこの3人、ほぼマスターに近い保護を受けてるから」
「そこまでやる必要があったのですか?」
「そもそも、この世界で話が通じてるってのが凄いと思え。2セクターと3セクターじゃ言語が違うって知ってるだろ。3セクターなんか、種族ごとに言語が違うし」

 確かに考え直してみるとおかしい話だ、と合点する。青年が会話していたのは明らかに2セクターの存在。普通、簡単な保護だけでは言語の壁は越えられない。デスマスター達は違う言語を喋っていたとしても、共通言語に変換されるため、互いの言葉が理解できる。

 青年は仕方なさそうに3人に振り返り、礼をして自己紹介をした。

「…自己紹介が遅れました。リファーレ・オプリティーンと申します。ラインの古い知り合いです」

 リファーレが自己紹介をして、3人も慌てて名前だけ彼に伝える。リファーレがそれを復唱して、3人の名前を確かめたのを確認したラインが、リファーレに説明を始めた。

「多分、3セクターだとわかって薄い保護を厚い保護に変えたんだろ。話が通じないと困るだろうから」
「突然の事は、1人だけが困ることじゃないのが厄介ですからね…。イーザのその判断はさすがと言うべきですね」
「あの…」

 呼び止めるその声に、ラインもリファーレも動きを止めて声の主を向いて止まった。

「…あの、イーザって誰なんですか?」

 その質問に、3セクターのデスマスター2人は面食らった。

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2006/12/06
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