*01 知らない世界/前編*

「俐咋〜! 学校遅れるぞー!?」

 家の外から聞こえてくる聞き慣れた声。その声が遅刻の警鐘を鳴らす。警鐘を聞いて、母に軽く挨拶をして家を飛び出すと、警鐘を鳴らしたその声の主が仁王立ちで待っていた。
  声の主は、俐咋が家を出たことを確認すると、学校に向かって走り出す。俐咋も慌てて走り出した。

「全力疾走10分でギリギリだよ!」
「仕方ない、走るよ、マコト!!!」
「お前のせいで遅刻するんだよー!!!」

 遠からず近からずにある彼らが通っている高校。10分程して、色素の薄い茶髪を後頭部でツインテールにしている少女、俐咋が息を切らして己の席に着く。その隣の席に茶黒髪の少年、マコトが同じく息を切らして席に着いた。

「っし!セーフ!!」
「ホントにな…」

 それから間も無くして担任が姿を現し、おー今日も全員席に着いてるなと言う担任の声がして、2人はほっと胸を撫で下ろした。俐咋は胸を撫で下ろし、担任の話に耳を傾けながら、いつものように考え事をしていた。議題は自分という存在について。

 この世に存在する殆どの人は、俐咋のような存在のことを知らない。この世界ではそれを知られない様にとしているから、というのもある。 俐咋のような『者』を信じてくれないというのも、理由の一つである。
  俐咋という名前は、この世界での生活上でつけられた名前。自分の名前ではあるが、本当の名前ではない。高校生というのも、単なる肩書きでしかない。
  本当の仕事―――それは、秩序を正す者。通称、デスマスター。俐咋は2セクターの日本レイヤーを守護する者を務めている。デスマスターとしての通り名は、ガイアマスター。本名は、イーザ・ガーリシア。

 それが、賀瀬俐咋と言う人間の正体だ。

* * * * * * * *

 いつもと変わらぬ日課を受けて、帰宅する。帰宅途中の会話で幼馴染の3人が俐咋の家に来ることになった。

「まったくさーあの教師ったら最悪よね。今世間で騒がれてるダメ教師の一員だと思うんだけど」
「…まぁ、それを言ったら終わりだな」
「PTAからも結構苦情が行ってるらしいけどなー」
「あ、そうなんだ?」

  上から順に、式村 冠南(しきむら かんな)、志座 マコト(しざ まこと)、來栖川 熾音(くるすがわ しおん)、賀瀬 俐咋。彼らはクラスメイトであり、幼馴染である。

 教師についての論争をぼうっと聞き流していて、PTAから苦情があるというところだけすっと耳に入って残った。それに反応を返すと、マコトが呆れかえった表情で有名な話だぞ、という。知らないものは知らないのだから、仕方がない。

「本当、お前は今の時勢に弱いな、俐咋」
「あんまり気にしないからな。気になるといえば夕飯が何かとか」
「…ある意味、天然って言うんだろうね、こういうの」

  熾音がふ、と溜息を吐き出して、それに冠南が笑う。それらに釣られてマコトも笑い出した。何かおかしいことを言っただろうか、言ったつもりはない。事実として、この『世界』の時勢にはあまり興味がないのだ。

  この世界でやることと言えば、秩序を保つこと。悪事を働く人間を狩るのが仕事であるデスマスターにとって、些細な日常は関係のないことだ。
  でも、友達という存在は、大切だと思う。どの世界であれ、どの名前であれ…大切な仲間だと思っている。

『―――2セクターデスマスターに告ぐ』

 突然、 頭に声が響いた。
 俐咋にとって、いや、デスマスターにとって聞きなれている声。デスマスターにしか聞こえない声。

『緊急召集です。直ちに2セクター最上層へ』

 緊急招集は決して珍しいことではない。また何か起きたのかと俐咋は溜息を漏らし、立ち上がった。どうしたんだという幼馴染達の視線を一斉に受けるが、トイレに行ってくるというといってらっしゃいとさも当たり前の動作。
 これからトイレになんて行かない。トイレに行くという言葉は、本当にいい口実だと思う。

  こちらの『人間』は自分達のような存在を知らない。これからも知ることなんてない。彼らが知ってしまったら、世界はどうなってしまうのだろうか。

* * * * * * * *

「いらっしゃいませ、デスマスター、イーザ様」
「今度の召集は一体何があったの?」

 彼女は俐咋であり、俐咋ではない。俐咋と同じ姿でありながら、彼女は別人のような対応をする。それがデスマスターとしての俐咋―――イーザなのだ。

 質問した言葉に、一つだけ言葉が返ってくる。言葉の主は、オーヴァニア・フィンレント。イーザと同じ2セクターのデスマスター。もちろんこの名前はデスマスターとしての名前。人の住まう世界では別の名前で生きている。

「北アメリカで時空の歪みを発見した。もう少しで人が別の世界へ飛ばされるところだった」
「南アジアでも時空の歪みを発見した。たまたま荒野で人が居なかったから良かったが」

 オーヴァニアの直ぐ後に、少女の声がした。この声も聞きなれている。デスマスター、シーラン・パーシェ。イーザと同じくアジアを守護する一人だ。尤も―――、イーザが守護するのは日本だけ、だが。

「…つまり、時空の歪みがあらゆる所で発生しているというわけでな。この世界がおかしいったら」

 お手上げ、という状態で首を横に振り溜息を吐き出すのは、デスマスター、イオティエー・イルジアス。現在は日本の何処かに住んでいるはずである。彼が本来守護する地はオセアニアだ。

「異常だよな、この世界も」
「も、ってどういうこと、ケーヴェン」

 溜息を吐きだしながら独り言のように呟いた声はデスマスター、ケーヴェン・ラー・ジウィリブ。デスマスターとしてヨーロッパとアフリカを守護地域としている。人の世界ではヨーロッパの貴族だったはずだ。

 ケーヴェンに問うと、彼がすぐに口を開いた。

「一時期、1セクターでも同じことが起こったそうだ」
「そのときはどうなったの?」
「あそこは魔法によってなされる世界だから、マスター以外に魔法を使えるモノが居る。その魔法使いが時空間を飛び越えようとしたそうだよ」
「それで時空が歪んでしもて、歪みが出来たっちゅーことや」

 だが、この2セクターは魔法を使えるものなどいない。デスマスターでも完全な魔法なんてものは使えない。この2セクターは電子による力を使っているだけに過ぎないのだ。デスマスターは一般人と比べてみれば、魔法に類似した力を使うことはできる。
 それなのにどうして、時空の歪みなど発生してしまうのか。

 ケーヴェンが小型の液晶を皆に見せた。

「ゼウスに連絡を入れようとしたんだが、ゼウスまで届かないんだよ。何かによって妨害されている」
「首謀者がどこかにいる、ってことね…」

 イーザの言葉に皆が頷く。
 調子が悪い時はゼウスからの使者が伝えに来るのだ。伝えに来ていないということは、何者か、何かによって妨害されていることになる。

『…事態、緊急事態発生!!!』

 慌てた声のアナウンス聞こえて、デスマスターたちが驚く。一体今度は何だ。

『各自早急に元の持ち場へお戻り下さい!!』

 この様子からすると、事情を説明している暇はないようだ。仕方なく、元の世界へ戻ることにした。

* * * * * * * *

 元の世界に戻って、さもトイレから帰ってきたように扉を開ける。開けて、そのまま硬直してしまった。

「な、何、これ…!!!」

 扉をあけてすぐ目の前に、不気味な赤紫色の半透明な膜があった。その向こうに、冠南たちの姿がある。

 もしかして、これが時空の歪みだろうか? 実際遭遇したことはないが、意見の交換をしていたことがある。そう合点するのは遅くなかった。だが、何かがおかしい。デスマスターの力を持つ俐咋。こちらの世界ではデスマスターだと知られても居ないし、調べても判らない。この世界は魔法など信じない世界だから。
 そんな世界で、デスマスターの家が判るはずがない。デスマスターの家だと判っていないのだとしたら、無差別に時空の歪みが表れている可能性がある。

 そう思案しているとその赤紫色の半透明の膜が動き出した。それは俐咋に向かうかと思ったが、全くの逆だった。その膜は、冠南たちへと動き出したのだ。
  まずい、と直感的に悟った俐咋は迷うこともなく、この世のデスマスターが所持している武器を具現させた。一瞬の光の後に現れたのは、鎌。一般的に死神が持つ、なんていわれる鎌だ。

 その鎌で俐咋は膜を引き裂いた。こうするしか、向こう側へいけなかったから。
 3人の表情が驚きに変わるが、一々説明をしている時間も惜しい。

「詳しい話は後! 私の手に掴まって!!!」

 彼らが俐咋が差し出した手に掴まったのを見て、俐咋は―――飛んだ。

 この世じゃない。別の世へ。

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2006/12/06
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