強がり、時々、気の迷い

 その記憶は驚くほど鮮明で。
 楽しそうに笑う表情に、すごく安堵した。
 夢?幻?
 そう、それはもう会えないはずの、人。
「マコト」
 手を伸ばしたのに、届かなくて、何故だか体が軋むように痛んだ。
「っ!?」
「俐咋?」
 ふっと影が落ちる。
 覗きこんだのは、もちろんマコトだ。
「あはは、何か体が痛くて」
 乾いた笑いを浮かべて、マコトを見る。
「大丈夫……?」
「あー、うん、多分」
 平気、と続けようとした言葉は、発せられなかった。
「平気、だよな。俐咋だから。ほら、人間はわりと丈夫って言うだろ」
 楽しそうに笑う表情に、安堵したはずだった。
「……マコト?」
 いや、私、人間じゃないから。って、必要なつっこみはそうではなくて。
 なんだろう。違和感がある。というか、既視感。
 これは、夢で、幻で。
 じゃあ、貴方は、誰?
「俐咋」
 記憶にある姿と何ら変わらないのに。
 マコト、じゃ、ない。
 そう確信すると同時に、マコトの姿がブレて、歪んだ。
 手を伸ばす、届かない。届く前に息も吐けないほどの痛みが体を包みこむ。
 そして、白い光が、溢れた。

「ん……」
 状況整理をしよう。 
 時間は、朝。カーテンの隙間から入ってくる光がそれを証明する。
 場所は、ベッドの上。朝だから、寝ていたのだと、知る。
 視界に入るのは、見慣れた頭。……頭?
 ガバッと慌てて起き上がると、腰に鈍い痛みが走った。腰から、体全体に広がって、苦しい。涙が出て、その頭を眺める。確かに頭だ。
 ここが夢でも幻でもないなら、アルト・ゼフィアという名の。
「あー……」
 色々思い出してきた。まだ痴呆にはなっていない。本当は思い出したくなかったけれど、服を着ていない自分と、腰から広がる痛みが、否応無く思い出させてくれる。翌日きついからと言ったって、絶対に逃がしてはくれない。嫌い、ではない。ではないけれど、でもやっぱり、きつい。
「んー」
 もぞもぞと、隣の人が体を起こした。彼もまた、何も着ていない。
 痛みに耐えながら、ぼーっと朝を体感するアルトを睨む。
「……何」
「痛いんですけど」
「あー……」
 さて、どう言い訳するのか、この長は。答えを無言で待っていると、アルトは突然、良い答えでも思いついたかのように、両手を打った。
「ほら、デスマスターはわりと丈夫って言うだろ」
 やっぱり、あのマコトはマコトじゃなかった。
「アンタが本家なわけね」
「え?」
「いいの、こっちの話」
 きっと予想と違う反応だったのだろう。怪訝な表情をしたアルトをさらりと流して、溜息を吐く。残念なことに、私の記憶も徐々にこの生物に侵されつつあるようだ。
 マコト、ごめん。夢の中とはいえ、あんな生物と同じ言葉を吐かせて。
 心の中で謝るのは、口に出せないから。寝起きとはいえ、嫉妬深い事実は変わらない。
「イーザ」
 何、と聞き返す間もないまま、伸びてきた腕に捕まった。
「痛い?」
「痛い」
「じゃ、痛いの忘れるくらいす、うぐっ」
 痛いと言ってるのが聞こえんか。
 肘打ちを思いっきりしてやった。うめく声とバランスを崩してベッドから落ちた音がしたけれど、気にしない。
 体力バカなのは知ってるけれど、中のどうしようもない痛みにどうしろと。苦しめと?
 なんて言ったところで、どうなるわけでもないのも知っている。だって、絶対に逃がしてくれないから。本気になったら、逃げられないから。
 でも私も命が惜しかったりするわけで。
「アルト」
 なるべく、冷ややかに告げる。女の、というか私の痛みを知るがいい。
「今日の仕事、先週の3倍にしてあげたから、頑張ってね」
「え」
「ほら、早く行かないと終わらないわよ。今日は、アンタの監視、トリシャさんにお願いしてるから」
「えー」
「今日終わらなかったら、明日もあさっても彼女にお願いして、それから」
 最後の最後にダメ押しを。
「一生やらないから」
「頑張ります」


鳴葉ゆらゆさんからいくつ戴いているのかファイルをごっそごっそ漁り返しています。しっかり仕舞い込んだはずが色んなフォルダに散ってるんだ、ぜ…。
鳴葉さんの小説って情景が浮かびやすくて読みやすいんですけど、読みながら情景が浮かんでしまう自分の頭に完敗しました。(なぜ負けたし)
アルトって鳴葉さんが描かれているような、こんな感じに人前ではへらへらしてるようで、実はいろいろ考えてる人なんですけど、なんとなんと!これのアルト版まで戴きました。うわあああい!