そんなキョリ。

 当たらない。
 かすりもしない。
 こんなことがあってもいいものか。

 足下には1本の線。
 フリースローライン、というものらしい。

「うりゃっ」

 掛け声と共に投げるのは、バスケットボール。
 ゴールリングにも網にも当たらず、夕暮れ色に染まった地面へ落ちて転がった。
 地面に落ちて空しく転がる光景を見るのは、さて何度目か。

「教えてやろうか?」

 そして、後ろから聞こえる声も何度目か。

「しつこい」
「好意で言ってるのに、それは無いだろ」
「アンタの手は借りない」
「なんで」
「変態だから」

 俐咋は、再び投げる。

「それこそ無いだろー」

 だがやはり、それもまた何にも触れずに落下した。
 運動神経は悪いほうではないはずなのに。
 何故。

 と、考え込んでいる時間が、まずかった。
 もう一度、と投げる形を取った腕に、手が添えられたのだ。

「力抜いて」

 反射的に、俐咋は肘を後ろに引いた。
 それは見事に、命中する。

「痛っ……」
「触らないでくれますか変態」
「だから変態言うな」
「あと気配消して近付くの止めていただけないでしょうか」

 嫌味を込めて、敬語を使ってみる。
 冬哉はやや涙目で、溜息混じりに口を開く。

「それやめて」
「変態行為しないなら」
「俺はただ、教えようと」

 冬哉は困ったように視線を泳がせた。
 その様子は、構ってほしい子供そのもので、思わず俐咋は笑ってしまう。

「笑う所あったか?」
「んー、冬哉の存在?」
「は?そもそもなんで疑問系なんだよ……」

 怪訝な表情を浮かべる冬哉を放置して、俐咋は転がったボールを拾い上げた。

「まぁ、その笑える存在に免じて、今日だけ教えてもらう」
「……なんか素直に喜べないんだけど」

 と冬哉はぼやく。
 しかし、結局この機を逃すまいと思ったのか、冬哉はボールを俐咋の手の中から取り出した。

「こうやって……」

 冬哉は、実演するつもらしく、シュートの構えをする。
 俐咋は観察に集中するため、黙って眺めた。

 確かに、だ。
 眺める分には害は無い。
 黙っていれば、そして何も知らなければ、格好良いと思っていたかもしれない。
 現実は違うけれど。

「俐咋!」
「へっ?」

 見ると、冬哉はすこし顔をしかめていて。

「聞いてたか?」
「……すいません聞いてませんでした」

 彼は大げさにため息を吐き(と私が言うのもどうだろう)、ボールを差し出した。

「とりあえず投げればいいの?」
「構えて」

 言われるままに、投げる姿勢をとる。
 冬哉の説明をたいして聞いていなかったから、最初と何ら変わりない。
 と、思っていたら。

「まだ投げるなよ」

 冬哉の手が、ボールを持つ私の手に重ねられる。
 教えられている身なので、肘打ちはやめておいた。
 少し視線をずらして彼を見遣れば、珍しく真剣な眼差しで、目指すべきゴールを見据えている。

 そして投げたボールは、今度は網に嫌われなかった。
 今まで触れられなかったのが嘘のように、滑らかに輪の中を通り抜ける。

「入った……」
「だろ」

 呆然と呟く私の隣で、冬哉が満足げに笑う。
 そしてそのまま、離れていくぬくもり。
 私はしばらく、地面を転がってきたボールを眺めていた。

「飽きた?」

 そのボールを拾い上げた冬哉が言う。
 私は、ゆっくりと首を横に振った。

「もう一度、やっとく」

 離れていたかと思えば、いつのまにかほら、届いて。
 貴方のぬくもりも、すぐ傍にあって。
 バスケットボールをたまたまやりたかったから。
 なんて言い訳を考える私の手に、もう一度冬哉の手が重なって。
 
 そんな、キョリ。


鳴葉ゆらゆさんからのアルイザ小説。 XPとVistaの移行作業中の時期で、ファイルをXPに置きっぱなしにしてしまっていました(´`)  メールログから救出。
戴いて、読んだ時に「アルイザー!」と思わず部屋で叫んだのを覚えています。キャラのつかみ方が上手くて毎度きゅんきゅんさせられっぱなしです(笑
有難う御座いました♪